短編集 | ナノ



 おいしいオムレツの作り方。
 そのいち、フライパンを温めること。
 ナイがフライパンにオリーブの油をぽたりと垂らすと、油は水のようにフライパンの上でつるりと流れた。台所に立つナイの横で、デンジが「水みたいだ」とつぶやく。水みたいな見た目だけど、すごく熱いから触らないでね。

「デンジくんや、オムレツの具は何がよろしいかな?」
「なんでも。」
「じゃあ、文房具でも入れちゃおうかな。ほら、デンジが使ってるライチュウのボールペンとか。」
「お勧めは?」

 ナイが、ナイの手元を見ていたデンジに聞くと、そんな答えが返ってきた。ナイはうーんと小さく唸る。ナイのお勧めは色々あるからどれを勧めればいいのか分からない。だからデンジにリクエストを聞いたはずなんだけれど。

 とりあえず、ナイは今の材料で作れるオムレツをお勧めしていった。
 例えば「木の実オムレツ」これはオーブンで乾燥させた木の実を卵と混ぜて焼いた。凝縮された木の実の旨味と、それを引き立てる塩味が絶妙な一品だし。
 モーモーミルクから作ったチーズを贅沢にも卵で包んだ「モーモーオムレツ」は、濃厚なチーズが中からトロッと溢れ出してきて、一口で天に登れる幸せだし。
 ちいさいキノコをオリーブ油とガーリックでソテーした「きのこオムレツ」も、ツボツボのジュースを香り付けに使う「ツボツボオムレツ」もおいしいし。あとは………
え、結局どれがお勧めなんだってか?うーん。強いて言うなら、どれもお勧めかな?

 ナイがオムレツの名前を上げる度に、デンジの顔が面倒くさそうな表情になっていく。そして、やがて彼はナイの言葉を遮り「プレーン」と言った。
 あぁ、自分が食べるオムレツすら、決めるのが面倒なんだな。デンジは本当に自分の好きな事以外やりたがらない。そう、食事ですらも。本当に困った奴。
(まぁ、今回は単にナイが五月蝿かっただけかもしれないけれど。)

「りょうかい。デンジは出来るまでジムの様子でも見てれば。」
「こっちの方が楽しい。どうせ、今日も挑戦者来ないだろうし。」
「…………おい、ジムリーダー。」

 ジトリと睨むナイをよそに、デンジの視線はナイの手元に釘付けだ。ここまで注目されると、やりにくくってしょうがない。

「次、卵液をつくる。」
「ふーん。」

 卵とモーモーミルク、生クリームをボウルでカショカショ混ぜて。わざわざホウエン地方まで採掘しに行った浅瀬の塩と檸檬汁で簡単に味付け。そして、これを先程温めておいたフライパンに流し込んで、蓋して蒸し焼きに。

「表面がプツプツって泡出てきたら完成ね。」
「うわ、かんたんだ。」
「じゃ、今度から自分で飯作れよ。馬鹿デンジ。」
「無理。」
「諦め早っ少しは漢気見せろよ。この自称スターめ。」

 デンジは、ナイやオーバが世話をしないと、食事をとるのも忘れがち。ポケモンのごはんは忘れないのに、自分のご飯は忘れるなんてどうかしている。
 彼は自分の趣味(機会いじりとポケモンバトル)以外は極省エネモードな駄目人間。幼馴染みのオーバとナイからすると、すんごく手のかかる友人だった。
 今日だって、ナイはジムのトレーナーさんに「リーダーが部屋に引きこもって出てきてくれないんです!入ろうとするとポケモンで威嚇されるんです!」と泣きつかれたから、仕方なくデンジの世話をするはめになったのだ。
 因みに、部屋で機会いじりをしていたデンジは、ナイの相棒によって部屋からズリズリと引き摺り出されたわけだ。
 ナイは、ジムトレーナーさんに感謝され泣かれた。あまりに困惑したため何も言えなかったけれど、とりあえずデンジは彼らを困らせ過ぎだと思う。

「リーダーさん、ジムのトレーナーさんを困らせちゃ駄目ですよ。」
「善処する。」
「こら、目を逸らすんじゃありません。」

 出来上がったオムレツは優しい黄色。デンジが手渡されたスプーンでフライパンから豪快に一口すくうと、ふわりと湯気が二人を包んだ。
 もぐもぐ、ごっくん。デンジは夢中でスプーンを動かしていた。こんなにお腹が空いていたのに、なんで彼は食事をしなかったんだろう。ナイにはわけがわからない。
 あっと言う間に空になったフライパンを見て、デンジが肩を落とす。

「もう、終わりか。」
「おかわり、ほしい?」
「ほしい。」
「いいよ、作ったげる。ただし、次からはちゃんとジムトレーナーさんに迷惑かけないこと!オーバも私も心配してるんだからー」

 溜息をつきたいのはこっちだよ、と思いつつもナイはデンジにそう言った。するとデンジは目線を逸らした。そして、目線を逸らしたまま、「今後、ナイが俺の料理を作ってくれるのなら、そうする。」と言った。
 えーと、それってつまりどういうこと?卵を片手に固まったナイを、腹を空かせたデンジが急かすまであと数秒。ナイの頬は、少しづつ桜色に染まりつつあった。

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