もう慣れたものだった。
彼に必要とされれば喜んで会いに行ったし、必要がなくなれば何も言わず痕跡も残さずに彼の元を去った。初めから何も感じていなかったわけではない。何度泣いたかも憶えていない。彼からの連絡を待つ間、今頃彼女といるのだろうかと余計なことを考えては一人悲しみに暮れていた。
それでも、彼の傍にいられるなら躊躇わなかった。例えそれがごく僅かな時間だとしても、わたしにとっては全てだった。

「もう、終わりにしよう」

そんなことを言われたのは、いつもの情事を終えた後だった。大抵はすぐに身支度をして自宅へ帰るのだけど、今日は何故か引き止められた後だった。珍しく彼が甘えてくるものだから、それが嬉しくてたまらなかった。けど、こんなことを言われるなら、ベッドから抜け出そうとするわたしの腕を掴む彼を振り払って帰っていれば良かった。

だって、できる?好きな人が呼び止めるのを無視して帰れる?わたしは出来ない。だから今、後悔してる。

後ろから抱き締める彼の表情はわからなかった。どんな顔で、どんな気持ちで。けど、彼の低い声はいつもの飄々とした彼ではなく、わたしにはあまり見せたことのないもう一人の彼だった。いつものイラつく口癖もない。今はそれが恋しいくらいだった。

「…そう」

ここで駄々をこねたら何か変わっただろうか。けど、そんなことわたしには出来ない。初めからわかっていた。わたしは"二番目"なのだから。もしかしたら他に何人もいるかもしれない。けど、"彼女"以外は"二番目"だ。"彼女"でないのだから、何番だって特に気にしたことはなかった。

それならせめて嫌われたくなかった。いい遊び相手だったなと、思い出すくらいはしてほしかったから。それくらいの権利は、わたしにもあっていいと思う。

「ん、だから…」
「もういい、わかった。わかったから」

さっきの一言で十分。涙を堪えるのだって大変なんだから、これ以上何も言わないでほしい。いつも彼の言うことを従順に聞き入れてきたわたしでも、今日ばかりは反抗したって罰は当たらないだろう。

「もういい、じゃねえ。最後まで聞けよ、と」
「最後までって何?ごめんとか言うつもり?そんなのわたしはいらない」
「そんなんじゃねえ」

あー、もう。と、面倒がる彼の声が届く。それを聞いて、沈んでいたわたしの心がさらに深く落ちていく。いい印象で終わらせたかったはずなのに、これじゃあ台無し。

そしたらもう、何しても変わらないだろう。そう思って回された彼の腕を解こうと手を掛けた。それに抵抗するように彼の力が強くなる。ああ、この人は何処までわたしを落とせば気が済むの。

「離さねえよ」
「意味わかんない、も、離して」
「嫌だぞ、と」

まるでじゃれ合う恋人のように、離れようとしたり離すまいとしたりを繰り返した。意味がわからなかった。彼が言い出したはずなのに、それを彼自身が引き止める。明らかに矛盾している。

「名前、少し落ち着け」
「落ち着け?よくそんなことが…!」

無理矢理彼の方へ身体を向けさせられ、無理矢理唇を奪われた。嫌じゃないのに、抵抗してしまう。嬉しいのに、涙が溢れる。苦しいのに、幸せだ。

「…っは、レノ…やめ、」
「やめるかよ」

いつも以上に我儘だった。欲に任せたそれを受け入れる余裕はわたしにはもうなかった。けど、こんなにも暖かくてもっと欲しくなってしまうのは何故だろう。わたしは、彼を好きになってしまった自分を呪った。こんな風に最後まで触れてくれる彼を、忘れることなんて出来ない。

「なあ、名前、聞いてくれ」
「いや、聞きたくない」
「……。さっきのは、言い方悪かった。で、あのな、」

妙に落ち着きのない彼を見据えた。それは、罪悪感から生まれるものではなく、寧ろ羞恥心。何故今そんな感情を抱くのかわからなかったが、彼はうなじを撫でながら言葉を吐き出そうと何度も口を動かしては噤んでしまう。なかなか上手い言葉が見つからないようなそんな態度を取りながらわたしを見て、少しだけ微笑んだような気がした。

「泣くなよ、と」
「誰のせいよ…」
「だから、そんなんじゃねえって」
「じゃあ何?」

そうしてまた彼は低く唸った。
そんなことをしてるうちに、今のわたしたちの間には変な緊張感が消えていた。なかなか口を開かない彼にやきもきし始める。大事な時に限って、こうもハッキリとされないと後味が悪い。

「もう、なんなの?」
「だから、終わりにしようってのは今の関係ことで」
「……うん」

「ちゃんと、始めたい。名前と」

わたしは耳を疑った。彼の言う"ちゃんと"と、わたしの思うそれが同じなのかはわからなかった。けど、もし同じだとしたら――。

「別れたんだ、あいつと。だから、お前さえよければ、俺と付き合ってほしい。真面目にお前とやっていきたい」

何度も夢に見た光景が、今現実で起こっている。

「ど、して…」

理由なんて本当はどうでもよかった。彼の言葉が真実であれば、後はなんだってよかった。けど、やっぱり気になって理由を求めてしまうのが女なのだろう。

「馬鹿、名前のことが好きだからに決まってんだろ、と」

もう、それだけで満足。
後は流れに身を任せていればいい。そうすれば彼は受け入れてくれる。

報われることのないと思っていたものが、こうして現実として姿を現すと呆気ないものだった。呆気なすぎて、ついつい見落としてしまいそうになる。けど、忘れない。彼がわたしを必要としてくれる限り、わたしが彼を必要とする限り、それは恐らく永遠に――。

あの時帰らなくてよかった。これでもかと感じていた後悔が、今となっては感じていたことすら忘れるくらいに綺麗さっぱりなくなっていた。


そうして、やっと始まりを迎えたわたし達は、きっといつも以上に笑顔だった。








(菜花さま、リクエストありがとうございました!二番目を意識したつもりでしたがなかなかうまく表現するのが難しく…!このようなもので大丈夫かと不安ではありますが、久しぶりのレノはやっぱり書いてて楽しかったです!ありがとうございましたー^^)
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