――よし。
大丈夫だ。俺ならやれる。俺なら言える。何も心配いらない。この俺が戦う前から怯むことなんてあり得ない。いや、戦いじゃねえけど。
だから大丈夫だ、絶対に。

「どうしたの、レノ」
「い、いや、別になんでもないぞ、と」

いざここまでくると、全身に緊張が走る。まだ一度も会ったことのない人間にここまで恐怖と不安を感じるのは生まれて初めてのことだ。
明らかに動揺を隠しきれていない俺を見て、名前が吹き出す。それは流石に失礼だろ。あー、やっぱりダメだ。負けるかもしんねえ。

「レノなら大丈夫よ」

その一言に、どれだけ救われたかわからなかった。




「ただいまー」
「あら、おかえり。レノさんもこんちには」
「こ、こんにちは」

名前の母親には何度か会ったことはあるものの、今回ばかりはその笑顔に挙動不審になる。そんな様子の俺を見てくつくつと笑う名前を一睨みし、肘で小突いた。

お父さんなら居間にいるわよ、という一言にびくりとした。何も心配することなく足を進める名前とは違い、俺は足取りが重かった。

「何緊張してんの?」
「馬鹿野郎、するだろそりゃ…」
「昨日あんなに余裕ぶってたのに」

昨日は昨日だ。
確かに、余裕だと思っていた。ただ話すだけじゃねえか。たった一言言うだけじゃねえか。そう思っていた。
しかし、あれだ。目的の瞬間が目前までやってきている実感が湧くにつれ、俺の安易な考えに幾つものヒビが入っていった。それは今にも崩れ落ちてしまいそうで、何とか形状を維持するのに精一杯だった。

「お父さん。ただいま」
「おかえり名前。レノくん、と言ったね?母さんから話は聞いてるよ。初めまして」

俺の余裕が、物の見事に粉々に砕け散った。


それから俺は、名前と初めて会う名前の父親の会話を聞いていることしかできなかった。時折名前に話を振られて苦笑いで返す程度は出来たが、いつもの冗談は勿論、気の利いた言葉を返すことができなかった。そうですね、と何故か名前に対しても敬語になっていることに気付いた時、自分が情けなく感じた。なにビビってんだよ俺。

見た目が怖いってわけじゃない。寧ろ、恐怖を感じさせないいかにも優しいお父さんですっていうことが恐怖だった。

俺の緊張が伝わったのか、名前の父親はそれを解そうとしてか、積極的に声を掛けてくるようになった。その笑顔は非常に柔らかいもので、僅かに俺は安堵の溜め息を漏らした。
しかし、気を遣わせてしまっていることに気が付いて、なんだか本当に情けなくなり、心の中で自分自身を罵った。

「あ、お父さん。レノが言いたいことがあるんだって。ね、レノ」
「え?!あ、ああ…」
「おおそうか、なんだい?」

いや、待て、名前、殺すぞ。いや、殺さないけど。普通、会話の途中で急に振るか?ついさっきまで全く関係ないこと話してたじゃねえか。そもそも、俺は俺のタイミングでだな…。って、ああもう、親父さん待ってんじゃねえか、早くしろよ俺。

「いや、あのですね、」


俯き、深呼吸をした。言葉に詰まった俺に視線が注がれているのが嫌というほどにわかる。

女なら、いくらだって口説く自信はある。だが、目の前にいるのは男だ。彼女の父親だ。
こんな経験は勿論一度たりともなかったし、どんな態度で臨めばいいのかもわからなかった。
しかし、まさかここまで自分が怖じ気づくとは思ってもみなかった。こんなことになるんだったらルード相手にでも練習しときゃよかったんじゃねえかと後悔した。

そのとき、テーブルの下で行き場を失った俺の手に、名前の手がそっと触れる。

なにやってんだ、俺。
俺は、この手を一生離さないって決めたじゃねえか。死ぬまで一生守るって言ったじゃねえか。どんな事があろうとも、いつまでも、こいつを、名前を幸せにしてやるって。
自信満々に相棒や後輩に言い触らしておいて、肉親にそれを言えないんじゃ、覚悟も何もねえってことじゃねえか。
反対されるかもしれない。外見だけ見たら、俺はきっと真面目には見えない。だけど、この気持ちは本物だ。それがうまく伝わらないかもしれない。けど、言うしかない。言わなきゃ何もわからない。

名前の手を強く握りしめた。そのとき初めて俺の手のひらが汗ばんでいる事に気付いた。初めてだ、こんなに余裕がないのは。

かっこ悪くたっていい。俺はこの手で、掴むんだ。彼女を。


覚悟を決めて、正面に座る彼女の父親に視線を向けた。
もしかしたら睨みつけてしまっているかもしれない。でも、もうそんなことさえもわからなかった。

「お嬢さんを、俺にください」

目一杯頭を下げた。そんな俺に言葉が降り掛かるまで、この頭を上げる事ができなかった。沈黙が続く。自分の呼吸音が、これでもかというくらいに耳に入る。
握った手を離すまいと、より強く握った。それに応えるように、彼女からも力が込められる。離したくない。俺は名前と一緒にいたい。名前がいなきゃ、俺はもう生きていけない。

「レノくん」
「は、はい!」

勢いよく頭を上げ、思わず大声が出る。それにクスリと笑われ、羞恥心が込み上げてくる。

「非常に危なっかしい娘だが、よろしく頼むよ」

頭が真っ白になる。
それって、つまり、その。

「ちょっ、お父さん!それどういうこと!」
「はは、そのまんまだ。それは彼が一番わかっているだろう、な、レノくん」
「は、はい…」
「レノも同調するんじゃないわよ、もう!」

嘘だろ、マジかよ。

「名前を、幸せにしてやってくれ」

当たり前じゃねえかよ、と。


**


「まったく、なんなのよ。普通『こんなチャラチャラした奴に娘はやらん!』とかなんとか言うもんじゃないの?」
「いや、お前それ、俺がチャラチャラしてるとか思ってるわけ?」
「うん」
「うん、て…。ひでえな、と」
「だって、髪の毛は赤いし目つきは悪いし、ネクタイとか苦しくて付けたくないとか言い出すし。それにしても、あの時のレノ、本当に可笑しかったなあ。一生忘れない」
「もうやめろ…忘れてくれよ、と」
「だってあんなに緊張して、普段慣れない敬語まで使っちゃって!忘れないよ、うん」

あんなに真面目に言ってくれたんだから、忘れるわけない。

そう言いながら嬉しそうに笑う彼女の顔が、とても綺麗で。胸が熱くなった。

「名前」
「ん?」

彼女に口付けた。なんだか、新鮮な感じがした。それは、俺にとって名前はもうただの彼女じゃないからだろう。新しい関係が、彼女とこれから始まるからだろう。

「結婚してくれよ、と」
「喜んで」

二度目の求愛を、彼女は最高の笑顔で応えてくれた。








(みうさま、リクエストありがとうございました!彼女の実家にて「お嬢さんをください!」と言うレノ、というリクエストでしたが、とんでもなくレノがヘタレになってしまいました。笑 でも、こんなレノもありかなあと思いつつ、わたし自身とても楽しみながら書かせていただきました!素敵なリクエスト、ありがとうございましたー^^)
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