「やあ、いらっしゃい名前」
「お邪魔しまーす」
川越街道沿いにある高層マンションの一室。わたしが朝から電車に揺られ、ここへ訪れたのには訳がある。

『いいか、新羅は絶対に入ってくるなよ』
「ええ!セルティ、僕だって手伝いたい!」
『自分が貰うものを手伝ってどうする』
「そうだよね、って、さり気なく嬉しいこと言ってくれたね!セルティが僕に手作りチョコだなんて!ああなんて僕は幸せなんだ!」
『わかったから、テレビ見てるなり何なりしててくれ』
「はいはいわかったよ。名前も頑張ってね。臨也にこんなことしても喜ぶか疑問だけど」
「まあ興味なさそうだしね」

今日はバレンタインデー。わたしは新羅を通して友人になったセルティとチョコ作りの約束をしていたのだ。臨也に気付かれたくないというわたしの我儘にも喜んでと首を縦に振ってくれた彼女。予定がずれにずれこんで当日の朝になってしまったのは予想外だったけど、仕事の忙しいセルティに合わせた為仕方のないことだった。
『うまいこと抜け出せたか?』
「それが臨也が昨日からずっと仕事してて朝も起きてたんだけど」
『ええ!じゃあ怪しまれたんじゃないのか?こんな日に朝から出掛けるなんて』
「ううん、大丈夫。わたしには目もくれてなかったから」
『だといいんだが…』
「大丈夫大丈夫!」

友達と一緒にチョコを作るなんて、なんとも女子らしい行為ではなかろうか。わたしもセルティもなかなかないことを経験し、終始その場は和やかな雰囲気だった。時折新羅の顔が覗き込んではセルティの影に咎められているのを見て、ああ可愛らしい二人だなあと思いつつわたしも臨也のことを思った。きっと彼はこんな商業戦略に乗せられて何やってんのと呆れてため息をつくかもしれない。普段から料理は作ってあげているし、特に喜ばれないかもしれない。でも、こんな日だけでも俗世間に乗っかって浮かれるのもいいのではないかと思う。クリスマスや記念日なんかよりは劣るかもしれないけれど、それでも女性が想いを伝える一日と言われているなら利用しない手はない。普段言えない想いも、今日なら言える気がした。

「ねえ、まだー?」
「新羅、あんたこれで何度目よ」
「だってセルティがすぐ傍にいるというのに会話も出来ないだなんてこれは拷問だよ!」
『もう少しだから我慢しろ』
「それさっきも聞いたよー」
セルティ不足を何度も訴える新羅に呆れてものも言えなかった。相変わらずセルティにベタ惚れでこっちが恥ずかしくなるほどだ。やれやれとセルティは両手を上げていたけれど、それでも次の瞬間には一生懸命作業を続けているあたり新羅のことを本当に思っているんだなと感じられる。可愛いな、セルティ。

わたしたちは、どうだろうか。臨也は新羅のようにわたしにべったりというより寧ろ仕事にべったりの人だった。ふらりと消えてはふらりと帰ってくる。まるで猫のよう。時々異様にくっついてくることもあったけど、それは大抵静雄くんと小競り合いがあった後だったり、わたしの赤くなる顔を見てやろうという意地悪な魂胆の上での行為が多かった。
わたしもわたしでそんな臨也にべったりとくっつくわけでも感情を言葉に乗せることもあまりしてこなかった。だから不満はないし、現状維持で満足している。ただ、こういう仲睦まじい男女を目の当たりにすると自分たちのあまりの関係の淡白さに不安が生じることもあるのは確かで。だからと言って今更臨也に纏わりつくようなことをしたいとも思わないし、毎日のように好きだの愛してるだの伝えるのも気持ち悪くて出来ない。
『それにしても、本当にあの男に名前は勿体無いと思う』
「え、なに急に」
『あんな奴だぞ?名前はいい子なのに…』
「はは、わたし、いい子かな?」
『ああ、凄く!名前を泣かせるような日が来た時にはあいつのこと殺してやる』
「セルティ、冗談に聞こえないよ」
『え、あ!すまない、仮にも名前の恋人を…』
「いいのいいの。臨也がどんな人かはわたしもよく知ってるから」
周りが臨也のことをどう思ってるのかくらいは知ってる。それでもわたしは臨也のことが好きだった。今更理由なんてどうでもいい。それを普段口にできないから、こんな時だけでも臨也に伝えられたらいいかなと思っていた。気持ちがないわけではないので、きっかけがあれば伝えられる。


あとは冷やしておしまい、というところまで作り上げてセルティと二人でリビングに戻る。すると新羅の周りにぱあっと花が咲き、彼女に抱きつこうとするも敢え無くかわされて空抱きしていた。なるべく二人の邪魔にならないように出来上がるまでふらふらしてようかなと思っていたけど、それをセルティに止められて数時間の間お昼を一緒に過ごしたりゲームやDVDで時間を潰した。それが意外と楽しくて時間を忘れて楽しんだのはよかったけど、ふと窓の外が視界に入った時にもう日が落ちかけていたのには流石にぎょっとした。

慌てて携帯を覗くと短時間に数件、臨也からの着信があった。それ以降は諦めたかのように一件も着信はなく、メールも入っていなかった。ああ、きっと怒ってる。や、仕事してたからそうでもないかもしれない。でもとにかく帰らないと。
『送るよ』
「え、いいの?」
『今日一日名前と過ごせて楽しかったからな。そのお礼に』
「わあ、ありがとう。あ、新羅」
「なんだい?」
不意をつかれた様子の新羅に小さい包みを放る。うまいこと手に収めたのを確認し、いつもありがとねと言うと新羅は笑って返してくれた。
臨也はきっとこんな風に笑ってくれないと思うけど、喜んでくれたらいいな。でも、きっと今頃怒ってる気がするからまずは機嫌直しをしなくちゃいけない。

セルティの影で作られたヘルメットを付け、彼女の腰に腕を回す。バイクが無音で夕暮れの街道を走り抜ける中、わたしはむくれた彼とのやりとりを想像していた。相手が物で釣れる人間なら、どれだけ楽だっただろう。

130213
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -