わたしは奥村くんのことをよく知らなかった。学校にはあまり来ないし、喧嘩ばかりして乱暴者で悪魔のような奴だいう噂が学校中に溢れていて彼に近づく人を見かけることはなかった。学校に来てもわたしの隣で机に顔を伏せているか外を眺めてばかりだった。そんな彼に声を掛けることは勿論出来なくて、初めて目が合った時は睨まれてしまった。少し、怖かった。けど、校庭を眺める奥村くんを正面から捉えた時、彼は羨ましそうな瞳をしていてどうしてだろうと覗いてみたら男子が楽しそうにサッカーをしていた。きっと、本当は奥村くんはあんな風にクラスの男子と楽しく過ごしたいんだろうなと思った。そしたら睨まれたことも怖くなくなってしまった。その時からわたしは奥村くんを気にするようになってしまい、何をするわけでもないけど本当の奥村くんを知りたいなと思った。

ある時、わたしが階段を登っている途中で足を滑らせたことがあった。ばくんと大きく胸が飛び上がり、突然の出来事に体勢を整えることも手すりに捕まることも出来ずに天井が視界に入った時、怪我をするのを覚悟した。訪れるだろう痛みにすごく怖くなってぎゅっと目を瞑った。でも、それはわたしにはやって来なくて薄っすらと目を開けば誰かが後ろからわたしを抱きとめていて、一瞬何が起きたのかわからなかった。少しだけ息を上がらせて肩を揺らしながらわたしを助けてくれたその人の顔を確認すると、隣の席の奥村くんだった。
お礼を言おうと口を開いた時、奥村くんの方が先に言葉を紡いだ。わたしは初めて彼の声を聞いた。とても優しくて、心配してくれている色だった。それを聞いた時、がわたしの中で何かが弾ける音がした。恋を、してしまったんだ。


「燐くん、」
「…名前」
何でこんなところにいるんだと言うように、彼はわたしを睨みつける。放課後の掃除中に偶然奥村くんが校庭裏で喧嘩しているのを見つけてしまい、足が勝手に動いていたのだ。だからわたしがその理由を一番知りたかったのだけど、ただ彼が心配だったんだと思う。
「またここ切れてるよ」
頬を指し、彼が自分の手で頬をなぞる。滲んだ血が纏わり付いて指先が赤くなる。いつの間にか常備するようになった絆創膏をポケットから出して奥村くんの頬に付けてあげようと封を開ける。そして奥村くんに近づけば、それをひったくられた。
「いいよ、これくらい」
「でもバイ菌入っちゃう」
「いいから、行けよ」
奥村くんはいつでもすぐにわたしを帰そうとする。自分といるところを誰かに見られたら、そんなことを気にして冷たくする。でも、わたしにはそれがちょっとだけ嬉しかった。わたしのことを気に掛けてくれているんだなって、そんな気がしたから。
「わかった。でも、今日は一緒に帰ろう?」
「だから、無理だって」
「無理じゃないよ。わたし、もっと燐くんと話したい」
「けど、」
「わたしね、今日、燐くんに渡したい物があるの。だから、お願い」
「……」
「すぐ来るから、待ってて。燐くんの鞄も持ってきてあげるから、ここにいてね」
「…わかった」
その場に胡座を掻いた奥村くんを見下ろして、嬉しくなって笑った。わたしを見上げる奥村くんの目が少しだけ大きくなってそっぽを向いてしまったのを確認して、わたしは教室に向かって走った。

これからわたしは奥村くんに好きと伝える。どうしよう、心臓がすごく痛い。断られるのは怖いけど、奥村くんには知ってほしかった。わたしは奥村くんを悪魔だなんて思ってないって。本当は優しい人だって思ってるよって。独りじゃないよって。わたしが傍にいてあげるよって。

ああ、なんて押し付けがましいんだろう。
でも、恋っていうのはこれくらいの強引さがあってもいいんじゃないかと思う。

130213
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -