一年で一番嫌いな日がやってきた。出来る限りのシュミレーションを脳内で繰り返し、その日にはけろっとした顔で迎えてやろうと思いながら何度も何度も枕に顔を埋めて顔を歪ませること数日間。わたしは目の前の男に呆れてため息をつく程度で済むくらいに心の整理は出来ていた。なのに、やっぱりどうしてもチクチクと胸が痛んでしまうのは嫉妬以外の何物でもないのだ。苦しくなるのはわかっていた。けれど、周りを取り囲む女性たちに嫉妬するのは最早馬鹿らしい。 彼女たちに罪はない。好意を相手に伝えることはとても勇気の必要な行為だし、それをこんな公共の場で周りの目を気にせずに口にすることができることに敬意を表したいほどだ。そんな彼女たちの勇気を踏みにじることは出来ないし、今わたしが一歩前に出て牙を剥き出したとしても、彼女たちの頭には疑問符が浮かぶどころか作り物の長い爪や無理矢理履いているピンヒールの餌食にされてしまうだろう。何故なら、彼女たちは何も知らないのだから。 けれどこいつは違う。自分の立場をわかった上でわたしへの気遣いや配慮の欠片もまるでないこの男がわたしは許せないのだ。断らないことを咎めるつもりはない。彼女たちの必死の努力の結晶を拒絶してしまうのはあまりにも可哀想でならないし、気持ちだけ受け取ることは悪いことじゃない。ある程度のことは許容範囲内だ。 もう一度言う。彼女たちに罪はない。この男がわたしは許せない。 「いやあ、参った参った。今年もすげえもらったぞ、と」 「これ全部もらったんすか?信じられない!」 「あァ?言っとくけどなテメーだけだ、俺の魅力がわかんねえガキはよ」 「なっ…!違いますよ!女性たちはレノ先輩の本当の姿を知らないから騙されてるだけなんです。一緒に行動したらツォンさんの方が魅力的だって誰もが納得しますからね。結局先輩は見た目だけなんす、見た目!」 「おいお前、今日毒強くねえ?」 「そうですか?私はいつでもこんな感じです。それに、名前先輩だってそう思ってるはずですよ。ね、先輩!」 「え?ああ、うん、そう思う」 「…んだよ。まあ別にいいけどな、と」 上機嫌に戻ったレノは一つの箱を開けて添えられていた手紙を包装紙と一緒に捨て、中身を頬張る。本当に可哀想。あの手紙にはきっと大事な想いが綴られているだろうに。でも、それを真剣に読まれても嫌なくせに一方でその子に同情してしまう。わたしが彼女たちより上の立場にいるから思ってしまうことなのかもしれない。だからわたしはとても卑怯な人間だって自ら認める。だけど、それ以上に卑怯な人間はこの男ではないだろうか。思わせぶりというか、無駄に期待を持たせるだけ持たせておいて踏みにじる。 イリーナが毒を振りまくだけ振りまいて嵐のように去っていってすぐ、レノから厳しい目が飛んでくる。理由は言われなくともわかっていたけれど、知らないふりをした。なによ、と口にすれば言い訳がましい言葉と溜め息が一緒になってやってきた。 「仕方ねえだろ、お前と付き合ってんの誰も知らねえんだし」 「わたしはなにも受け取るなとは言ってないじゃない」 「じゃあなんでそんなに怒ってんだ、と」 「それくらい考えなさいよ」 少しくらいはわたしのことを考えてほしいし、彼女たちのことも考えてほしい。彼に言ったらきっと混乱する。だから言えないし、自分の中で解決するしかないのだ。苛々する。好きな相手に想いを伝える日なのに、わたしは彼に対してこんなことばかり思ってしまう。素直に嫉妬した方がまだ可愛いだろう。でも、それが出来ない捻くれ者のわたしは彼のために作ったチョコレートを笑顔で贈ることさえもできないのだ。 「んーなんか違うな、と」 「なにが?」 「物足りない」 そう言って笑顔で催促するその掌に、乗せるものはない。こんなに卑怯で最低なこの男に渡すものなんて何もない。けど、少し躊躇ってからデスクの中から取り出してその笑顔が崩れないうちに自分の勇気を乗せるわたしは、きっと彼以上に卑怯で卑劣で誰がどう見ても偽善者でしかないのだ。でも、それでもわたしは、 「何でだろうな、やっぱ名前のが一番口に合う」 「…知らないわよ」 彼の好みの味もどこの誰よりも知っていて、彼のことを一番に想っている。 そんなわたしは、彼以上に自分自身のことが許せないのだ。だから、やっぱりバレンタインは好きになれそうもない。 130213 |