「ヘイ!Today is クリスマース!!!」 ぱああああっと両手を上げた正臣が、わたしたちの前に立つ。 それを、ただ冷ややかな目で見つめる帝人と杏里とわたし。 「なになに、そんな顔しちゃってー。今日はあれだよ?聖なる日!セイントクリスマース!」 「うん、わかってる」 「おやおや、名前はあんまり乗り気じゃない?あ、でも勿論俺のために予定空けてくれたんだよね?イッツハッピーメリークリスマース!」 そんなご都合主義の正臣を横目に、帝人に耳打ちした。 「頭湧いてるんですけどこの人」 「はは…まあ正臣はいつもこんなんじゃなん」 「おい帝人、聞こえてるぞー」 びしいっと帝人に指差し、決めたぜとばかりに笑う正臣。 どうやったらこんなにハイテンションを維持できるのだろう。 「あの、でも、折角だし…遊びませんか?」 「おおっ!杏里だけは俺の気持ちわかってくれた!」 杏里の前でひざまずいて、戸惑う彼女の両手を握る。 馬鹿かこいつ。いや、馬鹿だこいつ。 「ってなわけで、放課後に校門前集合なー!」 そう言って、嵐は去っていった。 ** 池袋もクリスマスの時期になると賑やかになる。 街中がイルミネーションで輝き、カップルの数もいつも以上に増える。 「やっぱりさー、ケーキ食わないとな、ケーキ!」 一人はしゃぐ正臣を、行き交う人たちがちらちらと見てはクスリと笑う。 そりゃ笑うわ。面白いわ。 「で、どこに行くの?」 「名前、よくぞ聞いてくれた!実はまだ決めてない!」 だと思った。 「あ、サイモンさん…」 帝人がサイモンを発見したらしいのだが、何故かその瞬間に吹き出した。それは失礼でしょと思いつつ、サイモンを遠目に見る。しかし、わたしも帝人と同様に吹き出してしまった。いや、あれは卑怯。 いつも通りに店前でチラシを配るサイモン。でもその格好はいつもの板前の格好ではなく、なんとサンタ。 「ははっ!なにあれ!」 「可愛いところもあるんですね、サイモンさん」 「でも、なんというか…ミスマッチ?」 それを見つけた正臣がサイモンに駆け寄って、二人で記念撮影なんかしてる。 わたしもちょっと撮りたいとか思ってしまった。 だってなんか可愛いんだもん。 「よし、じゃああそこに行こう!」 いつの間にか戻ってきていた正臣が道の向こうを指差して、また一人で勝手に歩き出した。 「はあ、もう自分勝手なんだから」 「でも、あんなにはしゃいでる紀田くんを見てると私も楽しくなります」 「そう?杏里は単純だなあ」 「そ、そんな!」 そんな会話を聞いて帝人がちょっとヘコんでいたのは、杏里は気付かなかっただろう。 ** 正臣が目的地を決めたらしく、ひたすらそれに着いていくことにした。 途中で門田さんたちに会ったり、岸谷さんに会ったりもした。 岸谷さんはケーキ店の袋を持って、軽い足取りで歩いていた。ああ、セルティさんか。恋人がいるっていいなあ。四人でいることは勿論楽しいけど、ニコニコと幸せそうに笑う彼を見てそんなことを思ってしまった。 「げ、平和島静雄」 「おい、年上に向かってそいつは失礼すぎねえか?」 静雄さんに出くわした時、思わず声を上げてしまった。 苦手じゃないけど、ついそんな反応をしてしまう。条件反射ってやつ? 「ところでお前ら、臨也の奴見かけなかったか?」 「なに、こんな日にまで追いかけっこ?」 「あのなあ名前、てめえはもう少し目上の人間に対する態度を改めたらどうだ」 「いえ、目上とは思っていませんので大丈夫です」 サングラスを掛け直す静雄さんの手に力が篭って、それにヒビが入る。そんな様子に帝人が物凄く焦って、これでもかというくらいに頭を下げていた。それを見る静雄さんは呆れた顔をしていて、小さく舌打ちをした。 別に謝らなくたっていいのに。 ** 「ったく、名前よお、お前女じゃなかったら今頃死んでるぞー?」 笑いながら言う正臣の言葉にはあまり説得力がなかった。 でも、確かにそうかも知れない。わたし以外の人間だったら、の話だけど。 これでも、わたしの中では静雄さんと仲いいつもりだからあんな風に言えるわけで。 どっと疲れた表情を浮かべる帝人に、声をかける杏里。 帝人、嬉しそう。わたしに感謝しなさい。 「やあ、ちびっ子諸君」 不意にとんでもなくむかつく声が降り掛かる。 後ろを振り返ると、ああ、一番面倒な人間が来た。 「なんでしょうか、折原さん」 「はは、名前、普段そんな呼び方しないくせに」 「静雄さんに通報しましょうか?」 「シズちゃん?ああ、また俺のこと嗅ぎ付けたの?面倒だなあもう」 「だったら来なきゃいいのに」 「折角名前に会いにきたっていうのに、それはひどいなあ」 からかうように笑う折原さんの言葉にはまるで感情がこもっていない。疑うように彼を見つめると、また一笑いしてわたしの頭を子供をあやすように撫でた。 「ちょっと、やめてください」 「ホント、いつも反抗的だよね名前は。ま、でもそこが面白いんだけど」 「で、あなた様は一体何をやらかしにきたのですか?」 「俺?今日は別に何も」 「へえ、珍しい」 「たまにはそんな日もあるんだよ。ほら、クリスマスだしね」 「無神論者が神様の誕生日祝うんですか?」 「いや、そんなことはしないよ。ただ、クリスマスの意味を知らずに馬鹿みたいに楽しむ人間が見たくてね」 「ひゃあ、趣味悪」 「名前も一緒にどう?」 「いえ、結構です」 「なんだ、残念。じゃあまた今度にでも」 「一生来やしませんよー」 「それはわからない、だろ?」 じゃあねーと、最後まで余裕の笑みを崩さずに去っていく折原さん。 静雄さんに見つかってしまえばいいのに。 なんかもう、一気に疲れた。 ** 「名前って凄いよね…」 わたしと同じくらい、いや、それ以上に疲れた表情を浮かべる帝人が言う。自分自身、彼らと普通に会話を出来ている事が半ば信じられなかったけど、でも、みんなは恐れ過ぎなんだと思う。 所詮ただの人間、そう思ったら脅威と言われている彼らもなんだか怖くなくなった。 「よーし!ついたぞ!」 やっとのことで着いたそこは、一軒の喫茶店。 席に着き、各々好みのケーキと飲み物を頼んでそれを待った。 「なーんか、周りはカップルばっかだよなー」 「そりゃそうだよ、クリスマスなんだし…」 杏里の隣に腰掛ける帝人はなんだかそわそわしていた。 それに気付かないわけがない正臣は、にやりと笑って急にわたしの肩を抱いた。 「ちょっ、なにする…「こうしてると、俺たちってダブルデートしてるみたいだよなー!」 「だだだだだだだぶるでーと?!」 思いのほか帝人が動揺しているから、それが面白くて笑った。 杏里も杏里で帝人のことを意識したのか、顔を真っ赤に染めてもじもじしている。 「うんうん。帝人と杏里、俺と名前。ナイスカップル!」 「や、わたしは正臣とは嫌」 「えー!なんだよ、名前。ツンデレもいい加減にしろって―」 「いつデレた」 そうこうしているうちに注文の品が届いて、わたしたちの前にクリスマスがやってきた。 照れくさそうに笑う帝人や杏里。 終始はしゃぐ正臣。 恋人と過ごすのもいいかもしれないけど、わたしはこの三人といることがとっても楽しい。 決していいお店でもないし、豪華なケーキでもないけど、ここには確かにわたしたちのクリスマスがやってきている。 プレゼントなんかなくたっていい。 この時間がプレゼントそのものだ。 「さて、頂くとしますか!」 正臣がグラスを手に持ち、目の前に掲げる。 それに合わせるようにわたしたちもグラスを手に取った。 こほん。正臣が一つ咳払いをする。 「では、四人で迎えるクリスマスに、乾杯!」 |