クリスマスにまで任務とか、どうかしてる。
折角名前と迎えるクリスマスだ、忘れられない思い出にしてやろうと思ったのにこれじゃ無理だ。さんざん考えてた俺様の完璧な計画も崩れ去った。それなのに当の名前は残念がるどころか、当たり前のように任務の準備を始めた。それにため息を吐いて、俺も身支度をした。


今回の任務は、どこぞの金持ちのクリスマスパーティに社長が招待されたので、その社長の身辺警護をすることだった。ただ、それだけ。
んなもんイリーナたちにやらせりゃいいだろとか考えたが、生憎あいつらも任務で出払っていて俺たちしかいなかった。

いつもと違う服を身に纏う名前に思わず見とれた。
深紅のドレスなんて、似合い過ぎて困る。

「ん?どうしたの?」
「いや、なんでもねえ」

高鳴る胸を抑え、意識を社長に集中させた。
まあ、こんな豪華なとこに名前といれるならいいか…。そう思いながらボーイの運んでいるシャンパンを一つひったくって喉に流し込んだ。

「レノ、名前。君たちも楽しんでこい。私なら平気だ」
「え、でも社長」
「秘密にしておいたが、これは私からのプレゼントだ。任務は口実、とでも言っておこうか」

そう言って髪を掻き揚げる社長がいつもより何割か増しでかっこ良く見えた。
…なるほど。そういうことか、と。

「じゃあお言葉に甘えて…行こうぜ名前」
「ええ。ありがとうございます社長」
「ああ、たまにはゆっくりしなさい」




会場の奥にあるバーカウンターで、俺たちは酒を嗜んだ。
酒のせいもあって名前は余計に綺麗に見えるし、邪な気持ちを抑える事で俺は精一杯だった。折角の夜だ、台無しにしたくない。

「綺麗ね、あのツリー」

振り返り、会場の中央に飾られた大きなツリーを遠目に見る。
確かにどこのツリーよりも綺麗で豪華だった。でもそれよりも名前の方が、なんてキザったらしい言葉が出かかったが、飲み込んだ。

「だな…」
「なに、どうしたのレノ。今日はやけに大人しいのね」
「そうか?そんなことないぞ、と」

確かにいつも以上に口数は少なかったかもしれない。
だって考えてもみろ。まともにデートすらしたことのない俺たちが急にこんなところに放り出されて、緊張しないはずがないだろ。遊びとは違うんだ。
名前は綺麗だし、大事な夜にしたいけど煩悩と戦わなきゃなんねえしで、色々と手一杯だっての。

あー、おかしいな俺。

「ね、レノ」
「なんだよ、と」
「わたし、綺麗?」

ひらりとドレスのスカートを僅かに上げてみせ、妖艶に微笑む。
何言ってんだこいつ…。

「…たりめーだろ」
「ほんと?嬉しい」

馬鹿じゃねーの?誘ってんのか?
嬉しそうにする名前の、グラスに寄せる唇に目がいって、離れなかった。

…やべえ、してえ。

しかし周りには大勢人がいるし、こんなとこでしたらぜってー名前の機嫌が悪くなる。日頃から言われてるしなあ。でもしてえ。どうしたらいい。あー、くそ。

「…どうしたの?」
「え?いや、別に…」
「…変な事考えてたでしょ」

不信感の込められた瞳が俺を貫く。

「ばか、ちげーよ」

俺の下手な嘘を見抜いているのか、名前の視線はそのままだった。
しかし次の瞬間、何故か名前はふっと笑った。

「いいよ」
「…は?」
「一回だけなら、キス、いいよ」

…いやいやおかしいだろ。
どうなってんだよ、酔ってんなこの女。顔赤いし。何杯飲んでんだ?…俺より飲んでんじゃねーか。
第一キスしてーとか言ってねえし、俺。あ、なに。もしかしてこいつがしたかったとか?そうだろ、ぜってーそうだろ。

そうこうしてると、名前は瞳を閉じて俺を待つ姿勢に入っていた。
…くそ、可愛いな。

肩を抱いて、ゆっくりと顔を近づけた。
いつも俺から無理矢理している行為のはずなのに、やけに緊張する。
躊躇って、名前の顔を間近に見つめる。
紅潮した頬。潤った唇。俺の吐息を感じたのか、ぴくりと動く睫毛。何もかもが愛おしくてたまらなかった。

熱の集まった名前の唇に軽く触れ、少しの間そのままでいた。
これ以上ができない。いつもだったらしてるはずなのに、できない。ダメだ、今はもうダメだ。

名残惜しく離れると、にこりと微笑む名前がいた。
何故か頭を撫でられ、急に恥ずかしくなった。

「ガキ扱いすんじゃねーよ」
「だって、なんか可愛いから」
「るせーな、と」

名前から視線を逸らして目の前のウイスキーを一気に流した。頭を抱えるように立て肘をついて、酒が回るのを待った。
なんだよ、振り回されてんじゃねーかよ。この俺としたことが、この女なんかに。

ちらりと、名前を見た。
また楽しそうに酒を飲んでる。

…まったく、敵わねーな。


**


「楽しかったわね」
「ああ、そうだな」

社長はお偉いさんとの交流もあってまだ残ると言って、俺たちはその言葉に甘えて先に会場を後にした。

少し眠そうに歩く名前の肩を抱いて帰路につく。
肩に凭れる名前の頭がやけに熱くて気持ちが高ぶったが、それと同時に僅かに沈んだ。
二人きりの時間はこれからだってのに、帰ったらすぐ寝ちまうだろうなこいつ…。


案の定名前は家に着くと一目散に寝室に入っていった。
呆れてそれを追うと、既に彼女は踞って寝息を立てていて。

「まったく…」

大事なイベントがまだ残ってんだろが、馬鹿野郎。
名前の眠るベッドの端に座り、彼女の髪を掻き揚げて顔を見た。
寝顔も可愛いなほんと。
無防備に眠るその女をどうにかしてやりたいという欲望が一気に膨れ上がったが、必死に抑え込んだ。


名前の手を取り、甲に口付けを落とす。
そして、今日一日ジャケットに忍ばせていたものを取り出して、それを見つめた。どうせなら起きてるときに渡したかったのに、タイミングがなくて渡せなかったそれ。

するりと名前の左手薬指にそれを嵌め、ぴったりだったことに満足感を覚えにやりと笑う。そして、なぞるように唇を這わせた。

これに気付いた彼女はどんな反応をするだろうか。
きっと驚くに違いない。
飛び起きて、俺を無理矢理起して、これ以上ないくらいの笑顔を向けてくれると信じてる。


名前の隣に横になって、後ろから彼女を抱きしめた。
彼女がそれに気付くまでは、起きたとしても寝たフリをしていよう。

そう決めて、俺も瞳を閉じた。
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