任務を終えた俺はそのまま直帰しようとした。しかしそれを阻むのは目の前のつるっぱげの相棒。俺が社内に戻りたくない理由を知っているくせに義務だとかそんなくだらないものを押し付けてずるずると俺を引きずっていく。ああ、もう面倒に巻き込まれるのは嫌なんだが。

「レノさん、お勤めご苦労様です」
「あ、ああ…」
目の前でにこにことする彼女は一見大人しそうで俺も初めは好印象を抱いていた。けど、少し仲良くしたら彼女はどうやら俺のことを気に入ったらしくそれ以降俺に結構付きまとってくる。
「あの、レノさん。今日この後空いてますか?」
「や、今日はちょっとこれからまた任務が」
「何言ってる、今日はこれで終わりだろう」
くそ、くそ禿が!余計なこと言うんじゃねえよ。それに、似合わない笑顔向けてくるんじゃねえよ、うぜえ。
「ほんとですか!わたしももうすぐ終わりなんでご飯食べに行きましょう」
「いいじゃないかレノ、行ってこい」
こうして俺の意見はおかまい無しで話が進んでいくのはもう何度目だろうか。盛大に溜め息をついたにも関わらず、彼女の顔には未だ笑顔が刻まれていた。


「はあ、」
「どうしたレノ、体調でも悪いのか?」
「や、なんでもないです主任」
「まあいい、今日はこれで終わりだ。帰ってゆっくり休め」
そうしたいのはやまやまなんですけどね、と。たまには一人で酒でも嗜みてえなあと思っていたのに、ルードの奴が余計なことするからその計画もあっけなく崩れ去った。気分が重い。女の子相手なのに、なんでこうも足取りが軽快じゃないのだろうか。

決して嫌いなわけじゃない。彼女のことはどうしても目につく。ただ、あまりにもまっすぐすぎてどう対応したらいいのかわからなかった。いつのように軽くあしらってはい終わり、なんてことをしたら彼女は一体どうなるだろうか。考えただけでも恐ろしい。だから俺は極力彼女と関わることをやめたのだけど。どうしてか、

「ここ、凄く美味しいらしいんですよ」

入りましょ!と、半ば強引に手を引かれ連れてこられたレストランの店内に入る。バーとかじゃないだけよかった。以前二人で酒を飲んだ時なんか彼女は俺にべったりしてきてどうしたらいいもんかと頭を悩ませた。あそこで酔いと流れに身を任せて、なんてことをしなくて本当によかったと思っている。
さっさと食事を済ませてさっさと帰ろう。俺は極力話すことをせずに食事に集中した。途切れなく飛んでくる彼女の一方的とも言える会話は、視線を落としたまま生返事していた。
そもそも、なんで俺なんだ。俺のよくない噂なんて社内の女子の間では結構飛び交ってるはずなのに、それでもこの純粋な彼女は俺を選んで慕ってくる。きっぱり断ってしまってもよかったのだが、いざ断ろうと思っても彼女の笑顔を前にしたらできない。女の子は極力傷つけることはしたくないという俺の性格を改めて呪った。それにしても、本当に物好きだよな。強引な性格に難ありだが、大人しくしてたら男なんてほいほいついてくるだろうにわざわざ女好きでしかも自分のことを避けがちな男を選ぶなんて。まったく、馬鹿なのかこの子は。

「レノさん?聞いてます?」
「ん、ああ、聞いてるぞ、と」
本当は聞いちゃいないのに嘘をつく。これも彼女を極力傷つけないための配慮であって、決して彼女のことを好きだからというわけではない。そもそも、好きなら食事なんか放ってずっと彼女のことを見てる。きっと彼女も俺に気がないのを気付いてるだろう。断りはしないが、この態度はあからさまだ。それでも笑顔を絶やさないのは、何故だろう。
調子狂う。いっそのこと傷つけた方がいいのかもしれないと思った。この手の女の子はそこまではっきりしないとわからないのかもしれない。でも、そんなことまでするのは気が引けるし、その俺の曖昧な態度の結果がこれなのだ。つまり、俺が全部いけないのだ。嫌なら突き放せばいい。愛想笑いも生返事もしなければいい。でも、彼女を目の前にするとそれができない。
はあ、と息を吐き出した。これは彼女に対して呆れているわけじゃない。俺自身に呆れているのだ。もう、こんなことはやめよう。気を持たせるのも、彼女に悪い。これからどんどんエスカレートして、そのときになって俺がポイッとしたらきっと彼女は、なんて考えたくもない。だから、今はっきりとさせた方がいいのかもしれない。事態が大きくならないうちに。彼女が俺にもっと溺れてしまう前に。自惚れだと言われるかもしれないが、彼女の態度を見れば周りだって納得する。彼女は俺しか見ていない。俺が好きなんだ。でも、そんな彼女を俺は受け止めることができない。真面目な恋愛なんて、俺にはできっこない。

「なあ、名前ちゃん。ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど」
「なんですか?」
そんな、わくわくした顔を向けられると言い出しづらい。でも、ここでなんでもないと言ってやり過ごしたら俺のためにもならないどころか、彼女のためにもならない。
「…もう俺のことこうやって誘うのやめてくんね?」
「え、」
「はっきり言って迷惑なんだよ、と。俺は名前ちゃんのこと好きでもないし、こうやって振り回されるのも正直疲れた」
だめだ、言ってて心が痛む。けど、何故か彼女はそれを真剣に聞いて暫く黙り込んだ後にわかりましたと笑顔で言った。意外だった。もしかしたら泣かれるんじゃないかって心配していたのに、その笑顔を歪めることなく俺のことをまっすぐ見ている。なんだ、なんで。
「本当は、わかってたんです。レノさんは無理矢理わたしに付き合ってくれてるなって。でも、それでもいいやって。ごめんなさい、自己満足なんです。レノさんが断れないってわかってて何度も誘ったんです」
彼女はぺこりと頭を下げてもう一度ごめんなさいと言った。その後も彼女は笑っていた。思いついたかのように財布を取り出した彼女が食事代をテーブルに置き、足早にこの場を立ち去ろうとする。表情は一切崩れない。どうしてだ。自分で言うのもなんだが、もっとこう傷付いたような顔を見せてくると思ってた。こうもあっさりと引かれるとは思ってなかった。それが逆に俺の胸を締め付ける。これでいいはずなのに何故か苦しい。泣かせたかったわけじゃない。けど、少しくらい縋られるのは覚悟してた、なのに。
「すみませんでした。お先に失礼しますね」
走り去る背中を見て呆気にとられていた。これで終わったと、安堵の溜め息を漏らすことも出来ない。ただただ罪悪感だけが身体中を廻って言わなければよかったと後悔した。なんで俺は後悔してるんだ。これでよかったはずなのに、こうなることを望んでいたのに。面倒になったら適当な理由を付けて捨てていたはずなのに、いつも通りのことをしただけなのに。

ああ、そうだ。いつもなら女の子は泣いたり怒ったり、俺に何かしらの文句を言ってきたりしたんだ。でも、彼女は違った。あっさりと身を引いて、自分がいけなかったと言って、笑顔で去っていった。




――ああ、くそ!

身体が勝手に動いていた。足が勝手に彼女を追い掛けていた。追い掛けてなにがしたいのかもわからなかったが、このままだと俺の気も晴れない。引き止めてなんて言葉を投げかけたらいいのかもわからず、それでも俺の視線は彼女の背中を捜して見つけた途端に走り出していた。

「名前ちゃん、待てって!」
必死に追いついたその腕を引っ張る。ぐらりと彼女の身体が傾いて反射的に抱きとめた。その身体が震えているのを確認し、泣いていたのだと知る。俺には見せなかったくせに。迷惑かけたくなかったとか、そんなこと思っているのだろうか。
くるりと彼女の身体を反転させると、必死になって涙を拭う彼女の姿がそこにはあった。そして、何事もなかったかのようにまた笑顔を作る。
「もしかして、お金足りなかったですか?」
「や、ちげえ」
「忘れ物でもしてました?」
「ちげえって」
「じゃあ、「なんで笑ってんだって」
どうして酷いこと言われたのにそんな平気な顔して笑うんだって。なんで一人で泣こうとするんだって。気持ちを全力でぶつけてきたくせに、どうしてそういう肝心なところは見せないんだ。どうして、隠そうとするんだ。

どう考えても今の俺が思っていることは理不尽だ。勝手に突き放して目の前で泣こうとしない彼女に対してなぜ笑うと聞いている。決して泣いてほしかったわけじゃない。縋ってほしかったわけでもない。でも、今まで散々付きまとってきたくせにどうしてこう簡単に身を引けるのかがわからなかった。そんな女の子には、今まで出会ったことがなかった。
「だって、これ以上迷惑かけたくないですから」
「迷惑って…まあ、」
確かに迷惑だとは言った。困ってるのも確かだ。でも、そこまで嫌ってわけでもなかった。本当に嫌いならこんな風に追い掛けたりはしないし、話しかけられても無視していただろう。
「レノさんのこと好きだから、困らせたくないんです」
好きだから、困らせたくない。彼女は自分の気持ちよりも俺のことを第一に思ってくれた、そういうことか?普通なら自分が一番で相手のことなんか二の次なのに、俺なんかのことを一番に思って自分の気持ちを仕舞い込んだというのだろうか。
だめだ、わかんねえ。目の前の彼女のことがさっぱりわかんねえ。

「だから、すみませんでした」
そう言ってさっきみたくお辞儀する。そして立ち去ろうとする。またしても目の前から消えようとする彼女に何故か俺は苛々して腕を掴んだ。ぴたりと彼女の身体が固まって、不思議そうに俺のことを見つめる。
「あの、レノさん」
「わかんねえ」
「なにがですか?」
「名前ちゃんがだ、と。なんだよ、散々好きとか言って付きまとってきたくせにその態度。なんで俺なんかのこと気遣ってんだよ。あーくそ、わけわかんねえ!」
「好きだからって言ったじゃないですか」
「だから、それがわかんねえっつうの。もっとこう、あんだろが」
「泣いて縋ったり?」
「そうだよ、なんで平気でいられんだよ」
「そうしてほしかったですか?」
「や、ちげえけど、調子狂うっていうか」
「ふふ、変な人」
何故か笑われて顔に熱が集まる。なんでこんな会話してんだ俺たち。第一、なんで俺が困ってるんだ。泣かれても困るし、こうあっさりされても困る。彼女に一体どうしてほしいんだ俺は。

「わたし、どうしたらいいんでしょう?」
心を読まれたかのような問いにどきっとする。彼女も些か困惑したような表情を浮かべている。そりゃそうだ。迷惑だとあしらわれた相手にこうやって引き止められたらそんな顔にもなる。

今までのようにべったり付きまとわれるのは対応に困る。でも、これからそれがなくなるのも何故か寂しい気がしてならない。
「さっきのは、少し言い過ぎた」
「はい」
「だから撤回するぞ、と」
「ほんとですか?」
「いや、あの、だからって困ってないわけじゃない」
「…ですよね」
「あー、なんだ。その、わかんねえんだ俺も。名前ちゃんみてえにまっすぐな子の相手したことないから」
「まっすぐですか?わたしが?」
きょとんとした顔を向ける。無自覚かよ、と。本当に、彼女はまっすぐすぎて下手に適当な行動できねえ。
「だから、もうちょっと加減をしてほしいというかだな「加減ですね!わかりました!」
は、急に元気になりやがったこの女。さっきまでは作り笑顔であっただろうその表情は消えて、ぱあっと花が咲いたかのように明るくなっている。気持ちが切り替わるのはええな。と、呆気にとられていると掴んでいた俺の手が彼女の両手によって握られている。キラキラとした瞳が俺に向けられ、それに少しだけ身じろいだ。

「レノさん!たまにこうして遊んでもらえませんか?」
「お、おお…」
「やった!嬉しい!ありがとうございます!」
「だからって俺は名前ちゃんが好きとかそういう…」
って、聞いてねえ。ぶんぶんと俺の腕を上下に揺らして何度もお礼を投げてくる。なんか、取り返しのつかないことをしたかもしんねえな俺。これからのことを思うと少しだけ肩を落とした。

まあでも、彼女が笑ってんならいいや。これからのことはそのとき考えればいい。
目の前の彼女に呆れながらも、俺は少しだけ笑った。








(蒼空さま、リクエストありがとうございました!ヒロインちゃんに追われて逃げるレノ、という設定で書かせて頂きました。レノはきっと純粋な子が苦手そう!だから調子が狂ってうまくあしらえなくて逃げてそう、そんなイメージを膨らませつつ書かせて頂きました。)
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