わたしがこの想いに気付いたのは果たしていつのことだったかそれはもう覚えてもいないし思い出す必要もなかった。ただ、日に日に増していくそれがいつの間にか心を支配していって、自分の気持ちのはずなのに制御できなくなっていった。例えば名前を呼ばれればそれだけで嬉しくなってしまうし、今まで何も感じていなかった仕草や行動や雰囲気に過敏になってしまうことだってあった。一人のときですら彼のことを考えてしまっていたときは、もうこれは抑えられないなと諦めたほどだった。
そんな自分だったから気付けたこともある。彼の態度がいつもよりちょっとだけ優しかったり、わたしを呼ぶ声色だとか視線だとかがほんの少し透き通っていたり、柔らかかったり。そんな些細なことを感じるようになったのは、わたしが彼をいつも以上に見ていたからで、他の人はきっと気付かないほどの小さな変化。その変化は恐らく、わたしにとっても嬉しい変化。
きっと想いを伝えればうまくいく。そんな確信がわたしの中にはあった。彼は笑って応えてくれる。きっと彼だってそう思ってる筈だ。わたしも彼も現状を打破しようと考えていないわけではないにしても、それができなかった。しちゃいけなかった。たった四文字の言葉に捕われて、わたしたちの想いはいつでも宙に浮いたままだった。

「名前」
「ん?」
「任務、俺と名前で行けってさ」
「あ、そう」
「なんだよ。もっと嬉しそうにしろよ、と」
「嬉しいよ、十分」
「ん、なんとなくわかる」
そうやって、互いに核心に触れることはなく気持ちの探り合いをすることで精一杯だった。満足していたわけでもないけど、気持ちの一番奥に触れることが怖かった。なにもかも、変わってしまいそうで。

彼もわたしもある程度の距離を置いて接する。少し離れた距離で歩く。これ以上近付いてしまったら、もっと近付きたくなってしまうから。でも。
「なあ、」
「なに?」
「話づらい」
そう言って、わたしの腕を引いて隣に置いた。いつもならこんなことをしないのに。わたしに触れたことなんて、一度もないのに。
「隣歩けよ、と」
「……うん」
彼の触れた部分が、とても熱い。気持ちに気付いてからはいつだって背中を見つめていたから、隣を歩くことに慣れない。顔を横に向ければすぐそこに彼がいる状況が久しぶりで、胸が高鳴る。腕を振るたびに触れてしまいそうなほどの距離が、ひどく胸を締め付ける。たったこれだけのことなのに。

二人きりは嬉しいけど、二人きりは苦手だ。いつもの任務がいつも以上に難しく感じる。淡々と段取りを話す彼の声も遠くに聞こえてしまった。
「名前、聞いてるか?」
「え、あ、うん」
「あー、やっぱり作戦変更。俺が物取ってくるから、名前は見張り。なんかあったら連絡しろよ、と。それくらいはできるだろ?」
「うん。…ごめんレノ」
「や、いいんだけど。まあ、俺が殺されないようにちゃんと見ててくれよ、と」
「馬鹿、縁起でもないこと言わないで」
「冗談だ、と。名前がいるんだから、んな心配してねえって」
「っいいから、早く行ってきなさいよ」
「はいよ、と」
そんなレノの背中を見つめて思った。やっぱりわたしに恋は向いていない。


暫く経っても、レノが帰ってこなかった。特に心配する必要なんてないのに、
何故か妙に胸騒ぎがしてならない。ただじっとしてるのはあまりにも時間の流れが遅すぎてだんだんと焦りを感じる。もし何かあったらどうしよう。レノに限ってそれはあり得ないとわかっていても不安が頭の中で充満していく。一度入り込んできてしまったそれは取り払おうとしても消えなかった。いてもたってもいられなかった。

"何があっても決して持ち場を離れるな"
"もしもの時は一人で逃げること"

いつかの主任の言葉が頭を過る。でも、そんなこと。
足が勝手に動いていた。ああ、これだから恋なんてしちゃいけないんだ。無駄な気持ちが、任務を邪魔する。
「レノ!なにやってんの」
「なにやってんのって、おい、見張ってろって言ったろ」
「あんたがあまりにも遅いからじゃない」
「いや、他にもちょっといい情報があったから漁ってたんだよ」
「いいからもう行――「しっ」
いきなり口元を塞がれ、抱きとめられたと思ったらデスクの影に隠れるようにしゃがんだ。まずい。ああ、色んな意味でまずい。見つかってしまうことよりも今のわたしたちの状況の方がよっぽどまずい。
人影がわたしたちの傍を通り過ぎていく。気のせいか、とぽつりと言葉を残してその場を去っていくのを確認し、やっとレノはわたしを解放してくれた。その頃にはもう遅くて、わたしの心臓は五月蝿いくらいに鳴り続けていた。
「…たく、なにやってんだよ。見つからなかったからよかったものを」
「…ごめん」
「持ち場を離れるなって、基本だろ。第一、俺が危ない目に遭うなんてことねえんだから」
「うん…」
「…っ、んな顔すんなよ、と」
わしゃわしゃと、レノの手が頭を撫でる。さぞ呆れているだろうなと思い顔を見ると、何故か少しだけ笑っていて。優しく、柔らかい笑みがこちらに向けられていて。
「まあ、あれだ。気持ちはすげえ嬉しいぞ、と」
「レノ…」
だめだ、どうしよう。止まらない。言いたい。伝えたい。好きだって、大好きだって言ってしまいたい。でも、言ったら変わってしまう。きっとレノはわたしの気持ちにあえて気付いてない振りをしてるのに、そんな彼の気遣いも何もかも全部棒に振って、わたしのエゴイズムに彼を巻き込んでしまうのは果たしてよいことなのだろうか。でも、それでも、こんな風にいつまでも距離を取って接しているのなんて嫌だし、もっと彼に触れられたいし。
レノの手が、ぴたりと止まる。じっと見つめられる。嫌だ、そんな目で見つめないでほしい。壊れそうになる。

「名前」
小さく、掠れた声がわたしの名前を呼ぶ。聞いたことのない彼の声に動揺が隠せない。
「わり、もう隠せねえ、ってか、お前も俺も隠しきれてねえけど」

次の言葉を聞く前に、レノがわたしを抱き締めた。さっきとされてることは同じ筈なのに、わたしも、レノも、やけに心臓がばくばくいって。なんで任務中にこんなことになってるんだろうとか、怒られてたはずなのにどうして嬉しいんだろうとか、頭の悪い疑問ばかりが浮かんでは消えていく。なるべくレノの体温を感じないように無心になろうと必死だった。でもわたしがそう思ってるのをわかっているかのように、背中に回された腕の力が強くなっていく。何度もわたしの身体を確かめるように抱き直されて、離れようとしない。
「何、やってんだろな、俺」
「…ほんと」
「でも、ずっと、こうしたかった」
「……ん」
「なんで、好きな女が傍にいるのに、そいつもきっと俺のこと気にかけてくれてるってわかってるのに、触れちゃいけねえんだって。規則なんて、マジで馬鹿馬鹿しい」
ぎゅうっと、呼吸が苦しくなるくらいに触れて、確かめた。肩に顔を埋めてくるレノの髪がくすぐったくて、息が零れ出る。いつまでもこんな場所でこうしているわけにもいかないのにどうしてだろう、離れたくない。早く帰って主任に報告しなくちゃいけないのに、そんなことが本当にどうでもよくなってしまって。

「好きな女って、わたし?」
「……たりめえだろ、馬鹿」

少しだけ怒ったような彼の声が、凄く凄く、愛おしかった。








(ちぃなさま、リクエストありがとうございました!恋愛禁止の状況下で引かれ合う二人が、互いの想いを薄々感じていても何もできない中、任務の時に想いを伝え合うという、何とも素敵リクエストでした。冒頭のたった四文字というのは恋愛禁止というワードで、説明をしないとわからない感じでとても申し訳ないですが、どう表現しようか迷ったあげくのあの曖昧さになってしまいました)
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