離れるなよ。そう言って差し出された手を拒んだのは、わたしだった。


これは一体どうしたものだろう。ふと、目を離した隙に隣にいた筈の彼がいなくなっていた。辺りを見回しても、目立つあの金髪姿は見当たらない。休日の街中の雑踏に紛れて、消えてしまった。そもそも、あのワンピースがいけないのだ。ガラス越しに「わたし可愛いでしょ?」と言わんばかりに主張されていたそれがいけない。彼女に呼ばれてディスプレイを覗いていたら、いつの間にか彼が消えてしまったのだ。そして、今も彼女は輝き続ける。わたしの瞳の中で煌びやかに。

ああ、綺麗。これを身に纏ったらどれだけ幸せな気持ちになるだろう。わたしは彼女に一目惚れだった。けれど、彼を探さなくてはならない。参ったなあもう、何処に行ってしまったのか。下手に動いてややこしくなるよりも、ここを離れず待ち続けた方がいいのだろうか。と言うよりも、動きたくなかったのだが。

「参ったな…」

彼女をもう一度一瞥した。顔のないマネキンが、やけに笑顔に見えるのは気のせいだろうか。わたしも彼女に袖を通せばきっとこの笑顔になれるに違いない。

――いやいや。考えを振り払うように大きく首を横に振った。今はそのようなことを考えている時ではない。やはり、ここを離れて彼を捜した方が良さそうだ。これ以上ここに留まれば彼女の戦略にまんまと嵌ってしまう。

恐らく彼もわたしが消えたことに気付いて捜しているだろう。彼女に見惚れてからそんなに時間は経っていない筈だし、すぐに見つかるだろう。

こんなことになるなら、照れずに手を繋いでいればよかった。滅多にこうして出かけることはなかったから、手を繋ぐことに慣れていなかった。だから何度触れても掴もうとはしなかったし、寧ろ「ごめん」と何故か謝っていた。ああ、馬鹿。
しかし、どうしてだろう。普段あんなに目立つと思っていた彼なのに、こうも街に放り出されるとなかなか見つけることができない。街中には三者三様、十人十色の人で溢れ返っており、よくよく見れば彼よりも奇抜な髪の色や格好をした人は沢山いた。




暫く歩き回っても、彼はいなかった。
そもそも、どこを歩いたら良いのかわからなかった。引き返していることはあり得ないだろうから、ズンズンと街中を進んでいった。交差点や路面店に顔を覗かせながらも歩を休めなかった。

――もしかしたら追い越した?いつまで経っても再会できないことに不安が過り、後ろを振り返る。けれど、それらしき姿は見当たらない。そうして群集の中にため息を一つ置き、気を取り直して再開させようとしたその時だった。


「やっと見つけた…」

その声に後ろを振り返ると、呆れたような困ったような、なんとも言えない表情の顔を乗せた彼がいた。わたしは思わず飛びついた。明らかに目立たない自分のことを見つけてくれたことが、とても嬉しかった。動揺する彼を余所にそのままでいると、彼の手がわたしの頭に伸びる。宥めるように触れられたそこが、心地良くてより強く抱き付いた。

「どうした名前」
「馬鹿!急にいなくなるなんて、馬鹿!」
「…それはこっちのセリフだ、馬鹿」

頭の上に置かれた手が、少し強めに降りかかってくる。僅かな衝撃に目を閉じ、彼から離れて恐る恐る開くと、そこには優しく微笑む彼の姿があった。

「だから離れるなと言ったんだ」

再び差し出された手を、今度はしっかりと掴んだ。それに応えるように絡んだ指。視界に捕らえて照れ臭い気持ちが襲いかかるも、嬉しくなってピタリと体を寄せた。

「ごめんね、クラウド」
「初めからこうしてればよかったものを」

ぶつぶつと文句を言い続けながらも歩き出す彼の隣をキープし、軽い気持ちで聞き流した。出会ってしまえば、過去のことなんかどうだっていいのだから。そして、離れてしまった時どうしてたかと聞かれたものだから、先程の彼女に彼を会わせてあげることにした。聞こえてくる盛大なため息を余所に再び彼女に目をやると、不思議なことに先刻感じたトキメキはなかった。何故だろうと首を傾げ、ふと手元を見ると、温かい手がわたしを包んでいた。
そっか。ああ、そっか。

「これ、欲しいのか?」
「ううん、いらない。さっきまでは欲しかったんだけど、もういいや」
「? そうか」
「うん。だから、行こ!」

最後にもう一度だけ、彼女に視線を移した。すると、マネキンが少しだけ羨ましそうな顔をしてたように思えた。手に持つ鞄よりも、素敵なものと繋がっているわたしに。








(ミサッティさま、リクエストありがとうございました!出掛け先ではぐれるという設定で書かせていただきました…!)
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