06 一目散に独房のある67階を目指す。怪しまれないとは言っても見つかっては少し厄介だから、慎重に足を運んだ。 しかし、どうも様子がおかしい。なんだろう、この空気。いつもよりも妙に静まり返っている。それに、警備兵も社員も一人もいない。 階段で67階に上がると、重苦しい空気を感じた。好んで訪れるような階ではない為、滅多に足を運んだことはなかったが、どこか変だ。 「え、…」 床一面に広がる血の跡。その先にある実験室の向こうで、人が倒れているのを見た。なに、これ。何があったの…?妙な胸騒ぎを感じて、血の跡が続く独房へと急ぐ。その傍でも、警備兵が倒れていた。恐る恐る近付くと、何かに襲われたような外傷が目につく。 「ひどい…」 一体何が起こっているのか想像もつかなかった。これ、もしかしてアバランチがやったの?いや、でも、独房に入れられているはずだからそんなことできるはずがない。それなら一体誰がこんなこと。 「タークス…!」 急に飛びかかってくる声に驚いた。声のした方に顔を向けると、金髪でソルジャーの格好をした青年が立っている。後ろに背負った剣に手をかけ、それをわたしに向けた。確か、アバランチには元ソルジャーと名乗る青年がいると聞いたことがあった。それを思い出して、剣を向けられているのに恐怖よりも期待が込み上げてくる。 「あなた…アバランチの…?」 けど、なんで。 独房に閉じ込められてたはずなのに。 「どうしたのクラウド…あっ!」 後から黒髪の女性が現れて、青年をクラウドと呼んだ。その後わたしを見て警戒心を露にする。 「お前がやったのか」 「違う、わたしは」 『ナマエ?!』 すぐ傍からエアリスの声がわたしの名前を呼んだ。それに反応して、目の前にいる二人は気を取られる。 「エアリス、そこにいるの?」 『ええ。クラウド、お願い、出して!』 よくわからない状況の中、青年は剣を納め、警備兵から鍵を探し出してエアリスが閉じ込められていた部屋の鍵を開けた。それを女性に渡し、彼女は奥の方の独房へと走った。 手前の扉からエアリスが姿を見せる。幸い、外傷はなさそうだ。 「よかったエアリス…」 「ナマエ、来てくれたんだね」 「ちょっと待て。エアリス、知り合いなのか?」 「あ、うん。彼女はナマエよ。ナマエ、彼はクラウド」 怪訝そうな顔を、クラウドはわたしに向ける。無理もない。わたしはタークスだから。 「何事だ?!」 彼の背後から大きな声が上がる。先ほどの女性とともに大柄の男性が駆け寄ってきて、傍には見覚えのある動物が。 「ティファにバレット。それと」 「レッドXIII、ね」 唯一冷静なエアリスを余所に、他の面々はわたしに視線を向け、緊張が空気を重くさせる。 「タークスが何の用だ」 「クラウド落ち着いて、ハルカは大丈夫」 「大丈夫って何がだ」 「ナマエはタークスだけど、タークスじゃないの」 「なんだそりゃ?!意味わかんねえ!」 声を荒げるバレットと呼ばれた男性。彼に向かってエアリスはにこっと笑い、そしてクラウドに目を向ける。 「わたしを信じて、ね?」 クラウドは彼女に視線を合わせ、次にわたしへと細めた視線を寄越す。 「ナマエ、と言ったな。信じていいのか?」 ゆっくりと開いた口からは嬉しい言葉が聞こえてくる。その声に答えるようにわたしは頷いた。 「ええ…わたしは貴方たちの味方。…こんな格好して説得力のかけらもないけど」 「おいおいクラウド、どういうことだ」 納得いっていないようなバレットがわたしとクラウドを交互に見る。そんなクラウドも両手を上げ、さあ…と首を振る。 「俺にもわからない…けど、エアリスが信じろと言うなら」 「そうね。信じるしかない」 ティファは賛同してくれた。確かに怪しいのは当然だ。信じてもらえないかもしれない。それでも、今こうして出会えた。やっと、望んでいた希望。掴まないと。なんとしても。 「ありがとう」 エアリスが一緒にいてくれてよかった。彼女のおかげで一触即発だったこの状況が少し和らいだ。それでも、彼らは完全にわたしを信用してはいないだろう。話す必要がある。わたしのことを。 けど、今のわたしたちにはそれよりも気になることがあった。わたしの素性を説明するのは、その後でもいい。 「それにしても…」 わたしたちの背後に倒れている警備兵に目をやった。しかし、ひどい有様の為、長くは視線を向けていられなかった。 「どうしちまったんだよ?まさかお前が…」 「ち、違う!わたしはこんなこと…」 バレットにも疑われ、再度わたしは否定した。それを余所に、レッドXIIIは警備兵に近づき、まじまじと見つめてる。 「人間の仕業ではないな。私がこの先の様子を見てくる」 「こいつの後始末は俺に任せてお前らは先に行け!」 バレットが先に向かうように促す。それに答えるようにクラウドたちは足を動かした。 「ねえ!」 後ろ姿の彼らに声を掛ける。 ぴたりとその足が止まり、クラウドがわたしを見た。 「わたしも、行っていい…?」 「…しかし」 「ほら、クラウド!」 エアリスに触発され、クラウドは一歩前に出る。暫く考えるように腕を組み、わたしを選別するように見つめた。 「…あんたの詳しい事情は後で聞く」 「ええ、勿論」 「もう一度聞くが、これは何かの罠じゃないよな」 「違う。わたしは味方」 「…わかった。とにかく今は何が起きているか調べよう」 「ありがと」 ふんわりと笑うと、クラウドに視線を逸らされるように背を向けられてしまった。少し残念な気分になったが、仕方ない。見ず知らずの、しかもタークスのスーツを纏ったわたしを、エアリスの一言で完全に信じてもらえるなんて期待はしてなかった。これから信頼を得ていけばいい。今すべきことは他にある。 レッドXIIIの後を追い、実験室の方へ向かう。先ほど発見した死体を横目に奥へ向かうと、先ほど以上に広がっている血の跡。ジェノバドームの目の前で倒れている神羅社員。ドームは大きく穴を開けて破壊されている。クラウドがドームの中を確認する。保管されていたはずのジェノバがない。 「……逃げたのか?」 「ジェノバ・サンプル…察するに上の階に向かったようだ」 「まさか、あれが動くわけ…」 しかし、そこから広がっている血は、ずるずるとどこかへ向かったかのように跡が残っている。それを追うようにレッドXIIIが走り出し、わたしたちもそれについていった。奥にあるサンプル用のエレベーターに乗り、尚も続いている跡を辿る。 またもや死体を発見した。 それをレッドXIIIは調べている。 「何か目的に向かっているような……上に……?」 最上階は社長室だ。もしかしてそこにジェノバが?胸騒ぎが収まらなかった。こんなに一度に人の死体をいくつも見たことなんて、わたしには勿論なくて目眩を起こした。 「ナマエ…?だいじょぶ?」 エアリスがわたしの肩を叩き、顔を覗き込んでくる。心配そうに見つめる彼女に、わたしは軽く微笑んだ。 「ええ、ありがと…。なんなのかしら、これ…」 「とにかく辿って行ってみるしかない」 「そうね…」 クラウドを先頭に再び血の跡を辿って、上へ上へと進んだ。予想どおり、それは最上階まで続いていた。最上階まで辿り着くと、後からバレットとレッドXIIIが追い掛けてきた。そこで目にしたものは…。 「死んでる……新羅カンパニーのボスが死んだ……」 信じられない光景だった。長い刀で一突きされた無惨なプレジデントの姿。 「セフィロスのものだ」 セフィロス…? 噂は聞いたことがあった。かつて神羅カンパニーの英雄とも言われたソルジャー。5年前に突然姿を消した、あの伝説の。 その人が、生きている? 「セフィロスは生きているのね?」 ティファがプレジデントの傍で刀を見て呟く。 「この刀を使えるのはセフィロスしかいないはずだ」 「誰が殺ったっていいじゃねえか!これで神羅も終わりだぜ!」 バレットが歓喜にも似た声を上げる。 しかし、わたしはそうは思わなかった。なぜならこの社長には息子がいる。わたしの潜入を手伝った張本人。ルーファウス神羅。恐らく彼はこのことを聞きつければすぐにでも現れるはずだ。彼からすれば邪魔者が消えて、自分が神羅のトップに立てる。そんな風にしか、思っていないだろう。 「うひょ!」 突如物陰から聞き覚えのある奇声が聞こえる。みんながその方へ目を向けると、神羅の幹部の一人の太っちょパルマーがいた。逃げるパルマーをクラウドとバレットが抑え込む。しかし、なんでまた彼はこんなところに。 「こここここ殺さないでくれ!」 わたしとパルマーの目が合う。その彼の表情といったら、とても嬉しそうで。滑稽だった。 「タ、タークス!助けてくれ!」 「ごめんなさい。わたし、タークスじゃないの」 「なななななにをわけのわからんことを!」 「それより、何があったんだ」 クラウドがパルマーを抑えている力を篭めたのか、彼からは声にならない声が聞こえてきた。 「セ、セフィロス。セフィロスが来た」 「見たのか?セフィロスを見たのか?」 「ああ、見た!この目で見た!」 「本当に見たんだな?」 「うひょっ!こんなときに嘘なんか言わない!それに声も聞いたんだ、うひょっ!えっと『約束の地は渡さない』ってブツブツ言ってた!」 …約束の地。神羅がずっと探していたもの。セフィロスは約束の地を知っている?ということは彼も古代種ってこと?いまいちよく把握できない。 「それじゃあ、何? 約束の地は本当にあって、セフィロスは約束の地を神羅から守るためにこんな事を?」 「いい奴じゃねえのか?」 ティファの言葉を聞いたバレットがクラウドに尋ねる。それを否定するようにクラウドは首を大きく横に振った。 「約束の地を守る?いい奴?違う!!そんな単純な話じゃない!俺は知ってるんだ!セフィロスの目的は違う!」 クラウドは確信めいた何かを持っているようだった。セフィロスとクラウド、過去に何かあったのかな? …ちょっと待って。 クラウドって、確かソルジャーだったはず。わたしが調べた資料の中にはクラウドの活躍なんて一つもなかった。でも、もしかしたらただ見落としいていただけかもしれない。そう考えたら、これ以上の疑問は浮かんでこなかった。 そうしていると、どこからともなくヘリコプターのプロペラ音が聞こえてくる。窓の外を見ると、目に入ったのはスキッフ。そこから顔を出した、金髪の…。 それを発見し、気を取られたわたしたちの隙を縫って、パルマーはヘリポートへと逃げ出した。 「ルーファウス!しまった!あいつがいたか!」 「ねえナマエ、誰なの?」 思い出したかのように声を荒げるバレットの言葉に反応し、ティファがわたしに質問を投げかける。わたしは彼を睨むように見つめながら説明した。 「ルーファウス神羅、プレジデントの息子よ。社長が亡き者になった今、神羅は彼のもの。嬉しくて飛んできたみたいね。ほんと、情報が早いこと」 「息子なのに、」 「彼はそういう人…そして、彼はわたしがここに潜入するのを手伝った張本人なの」 「え?それどういう…」 「…後で話すね。今は彼をなんとかしなきゃ」 「そうね…。クラウド、行きましょ!」 「ああ」 社長室横にある扉をくぐり、ヘリポートへ向かう。 この際だ。きっぱりと別れを告げてやろう。もうこんなところで自分を隠して独りでいるのはごめんだって。神羅の犬に成り下がってしまったわたしも、これで自由になれる。 みんな、今まで裏切ってきてごめんなさい。やっと、やっと出会うことができた。待っていてよかった。いつかこの時がきっと来るって信じてた。 これでやっと、一歩前進できる。 121110 |