05

ビル全体は騒然としていた。あちらこちらで神羅兵が走り回っており、侵入者の排除に向かっていく。どんな人たちか知りたかった。本当にこの侵入者はエアリスの言う”彼ら”なのか確かめたかった。

エレベーターで下まで降りようとするも、なかなか到着しない。早くしないと、誰かに見つかってしまう。その前になんとか彼らと接触しておきたかった。
やっとエレベーターが到着し、急いで乗り込もうとする。しかし、目の前に現れた人物に阻まれ、勢いづいたわたしは思わず正面からぶつかってしまった。

「ル、ルード」

見上げると、そこには同じタークスのルードがいた。わたしを見下ろして黙っている。彼がどんな事を考えてるのか、サングラス越しには読む事ができなかった。
「…どうやら、侵入者のようだ」
「ええ…そう、みたいね」
ホッとした。わたしは警報に気付いて慌てている一人に見えたようだ。しかし、ルードに見つかってしまっては下手に動くことができない。どうしよう。
「ナマエはレノのところへ行ってやれ。侵入者の確保は俺に任せろ」
「わ、わかったわ…」
あわよくばわたしも同行して、侵入者の顔を確認しておきたかったが、それは叶わなかった。確かにレノは怪我人だし、もしまた遭遇したら怪我が悪化してしまうだろう。ルードはそれを防ぐ意味を込めてわたしにレノのところへ向かうよう促したんだと思う。
レノには聞きたい事もあった。けど、聞いたところで何が変わるわけでもなかった。ただの、確認のため。

侵入者は捕まったらどうなってしまうんだろう。神羅のことだから、殺されてしまうのかもしれない。けれど、ここに正面突破するほどの人物だからそうやすやすと捕まるってこともなさそうだ。

どうか、お願いだから希望が消えないでほしい。これがもしかしたら最後の望みなのかもしれないのだから。


「おお、ナマエ」
「なんだ、元気そうじゃない」
「いやいや、俺だからこの程度で済んだんだぞ、と」
医務室のベッドで横になっていたレノを見ると、心配する必要もないくらいに元気だった。しかし、身体を起こしたレノは僅かに顔を歪めていた。レノがこんな顔するなんて、彼らは相当だ。わたしは不謹慎ながらも安堵した。
「恐らく奴らだな、と」
「奴ら?」
「アバランチの連中だ。古代種の奪還、とでもいったところか?」
エアリスの予感は的中した。
本当にアバランチがエアリスを助ける為にここにやって来ている。
「今ルードが捕まえに行ってる」
「じゃあ平気だな、と」
「そうね…」
平気と言われて、安心できなかった。寧ろ不安だった。わたしにとっては捕まってほしくなかったから。エアリスを奪還するだけでなく、ここも破壊してほしかった。そう簡単にいくことではないとはわかってはいても、つい願ってしまう。こんなことをする人たちが現れるなんて、今までにない事だったから。
「怖いのか?」
「いや、そういうわけじゃ」
不安が顔に出ていたのか、考え事をしていてレノに顔を覗き込まれていることに気付かなかった。どうやらわたしの真意は悟られていないようなので心配はなかったが、どう切り返すべきか。
「大丈夫だぞ、と。俺が護ってやる」
身体に包帯を巻き付けた男がにやりと笑って、わたしの頭を優しく撫でる。外見だけ見ると、その言葉は信用に値しないほどで。でも、レノはわたしのためならきっと無理をする。わかっていた。
「その身体で?」
「エースのレノ様舐めんなよ、と」
「大丈夫よ、わたしだって自分の身くらい護れる」
「そうかよ、と」
わたしだって昔から鍛えられてたから、人に護ってもらうほど柔じゃない。それに、今回は戦うつもりなんて全くない。寧ろその逆だ。レノと二人でいるのにも関わらず、彼らの様子が気になって仕方なかった。早く抜け出して、様子を探りたかった。

でも。

もし仮に彼らとここから脱出することができたとして。

そうなったらもう、こうしてレノと会う事はできない。無防備な笑顔を見る事もできない。触れられる事もない。こんなところで、本当の気持ちが邪魔をする。隠してきた、感情。なくなっていたと思っていた、レノへの想い。いずれこうなることはわかっていた。それなのに、どうして。

早くこの場から立ち去りたかった。これ以上気持ちが揺さぶられないように。レノといると自分を見失ってしまう。道を外しそうになってしまう。尚更離れなくてはならない。

行かなきゃ。

「じゃあわたし…」

もうレノの顔は見れなかった。背を向けて、立ち去ろうとする。けど、レノがそれを許さなかった。

「ナマエ」

強く握られた手首。レノの手に力が篭って、わたしをぐいっと引っ張る。ベッドとの距離がなくなり、よろめく。恐る恐る振り向くと、さっきとは違う、真剣な表情の彼。なにか気付かれた…?
「せっかくだし、一緒にいてくれよ、と」
「でも、」
「拒否権はやらないぞ、と」
「…もう」
レノに引き止められて、不安が頭をよぎった。しかし、彼は単純にわたしにいてほしかったんだと思う。

わたしが傍にいることに安心したのか、彼の表情はいつも以上に穏やかだった。こんな一面を見せる人が、プレートの破壊を実行したなんて本当に信じられなかった。けど、この怪我が証明してしまっている。彼が実行犯だという事を。それを恐らくアバランチが阻止しようと、真っ向からレノに立ち向かったのだろう。

確認したかった。けれど、何度か機会を伺うも、レノの顔を見る度に言葉が喉に詰まって出てこなかった。


暫く他愛もない話を続けた。思えば、こんな風にゆっくり二人で話す時間なんてなかったかもしれない。

そうしているとルードがやってきて、侵入者の一味とエアリスを捕まえたと聞かされた。わたしは落胆した。しかし、処分についてはまだ未定のようだ。今は実験室傍にある独房にいるらしい。

「これから忙しくなる。少し眠っておけ」

レノから離れることを許されなかったわたしは、隣のベッドならという条件でその場で眠りにつくことにした。とは言っても横になるだけで、これからの事をずっと考えていた。

今しかない。そう思った。神羅は彼らを捕らえて安心しているはず。警備も多少は緩んでいるだろう。この隙を狙うしかない。わたしはまだタークスだ。こんな時こそ肩書きを使わないわけにはいかない。言ってしまえば、このビルはわたしの庭も同然だった。こそこそして移動する必要もない。警備兵の目も気にする必要はない。

ちらりとレノを見る。背を向けていてわからなかったが、恐らく眠っている。物音を立てぬよう、ゆっくりとベッドから抜け出す。気付かれぬように慎重に足を運び、レノの様子を伺いながら扉の方へと向かう。

「どこ行くんだよ、と」

いきなり失敗した。
レノの方へ顔を向けると、立て肘ついてわたしの方を見ている。薄暗い部屋の中で表情までは読み取れなかったが、低い声から察するに、あんまりいい気分ではなさそう。
「レノ、起きてたの?」
「ああ、眠れなくてな」
「そう…。ちょっと、様子が気になるから見てくるね」
なるべく平静を装って、怪しまれないようにする。外見は味方でも、心はそうじゃない。彼はこの神羅の中でもやり手だ。油断はできない。いくら恋人という肩書きがあるからって安心できない。様子を見に行くくらいなら、そう感じてもらうために。
「行くな」
「え…」
「わかんねえけど、行くなよ、と」
きっとレノは何か感じたんだと思う。わたしがどこかへ行ってしまうのではないかって。理由はわかってないと思う。うん、彼の表情を見る限りわかってない。でも、もうこれ以上ここにはいられない。彼らを助けなければいけない。すぐ傍にある希望に手を伸ばして、掴まなければいけない。
「すぐ戻るから、ね?」
「…」
「レノ?」
「…戻って、こいよ?」
「何言ってるの、どこにも行かないわよ」
嘘の笑顔を作って彼の頭を撫でてやり、それに安心したのか彼もふんわりと笑った。その笑顔に何も返す事ができず、逃げるようにわたしは医務室を後にした。

しかし、すぐ行動には起こせず、医務室の扉に寄りかかった。

珍しく不安がるレノの表情に心が痛んだ。
もうこれで、レノとはさようなら。

最初から最後まで、わたしはレノの気持ちに答えてあげる事はできなかった。
もしわたしの立場が違ったらこんな事にはならなかったと思う。
きっとうまくいってたと思う。

けれど現実は、わたしはレノの敵。神羅の敵。それを変える事はもうできない。無惨に殺されていった仲間たちの為にも、今わたしは立ち上がらなければならない。

「ごめんね、レノ…」

決意を固めるように、下唇を噛む。
目頭が熱くなったのは、気のせいだと思い込ませる。

届かない声を扉の前に残して、すぐそこにある希望に向かって走り出した。




最後まで、あの事は聞くことができなかった。真実はわかっていたとしても、彼の口から聞くことはできなかった。

どうしてだろう。
それを聞くのが、レノのしたことを受け入れるのが凄く怖かった。

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