04

主任がオフィスへ戻ってきた。しかし、同行していたはずのレノの姿がない。また別の任務へ向かったのだろうか。そう主任に尋ねようとしたその時。

主任の後ろにいる、見かけたことのない女性が目に入った。

茶髪のロングヘアを大きなリボンで束ね、ピンク色をしたロング丈のワンピースの上に、真っ赤な半袖のジャケットを羽織っている。とても清楚で、おとなしそうな女性。綺麗だった。思わず見とれてしまうほどに。

もしかして、彼女が古代種の生き残り?

「ナマエ、彼女が逃げないように見張っていてくれ。私は社長に報告を入れてくる」
「は、はい。あの主任。レノは…」
「あいつは今医務室にいる」
心臓が大きく鳴った。レノが、医務室?いつでも完璧に任務をこなす彼がそこへ向かうこと滅多にない為、意外だった。
「なにか、あったんですか?」
「任務を邪魔する輩が現れたものでな。しかし任務は成功した。レノの傷もすぐに癒えるだろう。心配することはない。では、頼んだぞ」
「はい…わかりました」

主任がオフィスを後にすると、先ほどの女性と二人きりになった。彼女を見ると、頬が少し腫れている。もしかして主任が…。
「そこに座ってて」
「…うん」
まだ少し怯えているのか、わたしへの警戒心が露になっている。彼女の頬を冷やしてあげる為に、わたしは濡らしたタオルを用意した。彼女にそれを手渡すと、ありがとう、と微笑んで受け取った。

「あなたも、タークス、だよね?」
「そう、かな」
「かな?面白い子だね」
わたしが彼女の頬を気遣ったのが幸いしたのか、少しばかりか緊張も解れたようだった。

「わたし、エアリス」

急に名乗られたものだからわたしは返事を忘れていた。エアリスと名乗った彼女はわたしを見て、あなたは?というような表情をしている。
「わたしは、ナマエ…」
「いい名前だね。よろしくね、ナマエ」
まるで友人に接するかのように、エアリスの声は落ち着いていた。自分自身が攫われたというのを忘れているかのように、落ち着いている。
「ねえナマエ、少しお話しない?ただ待っているのもつまらないから」
「ええ、いいけど…。エアリス、聞いてもいい?」
「うん、なんでもどうぞ?」
「あなたが、古代種の生き残り?」
「うん、そう。だからわたし、ここに連れてこられたの」

彼女が、古代種の生き残り。神羅が躍起になって追っていた対象。こんなに綺麗でひ弱そうな女性までも利用して、そこまでして神羅は世界を牛耳ろうとしてるなんて。…やっぱり神羅は許すことができない。確か、彼女が幼い頃からそれは始まっていたはずだから、神羅に目をつけられなければごく普通の生活を送れていただろう。

彼女も、人生を神羅に奪われた一人。

「その頬って、もしかして主任にやられたの?」
「ちょっと抵抗しちゃったから。ツォンは、昔はもうちょっと優しかったんだけど」
そっか。主任がエアリスのことずっと追っていたんだっけ。主任が優しいなんて少し信じられなかったけど、彼女の悲しげな顔を見ていると、それは本当のことだと感じた。
「わたしも聞いていい?」
「ん?」
「ナマエはどうしてタークスに入ったの?あなたはなんだかタークスの雰囲気が全然ないから」
「わたし、は…」
言葉に詰まった。エアリスは神羅の人間じゃない。むしろ被害者だ。だから真実を告げても大丈夫かもしれない。でも、本当に大丈夫だという確信はあるかと言われたら、なかった。
「言いたくなかったら言わなくていいよ?じゃあ、別の質問!」
そんなわたしを察したのか、エアリスはこれ以上詮索してはこなかった。少し罪悪感に苛まれながらも彼女を見ると、楽しそうに微笑んでいる。
「レノって、ナマエの恋人?」
「え、なんで?」
「だってさっき、彼のこと聞いてるナマエ、凄く心配そうな顔してたから」
彼女はなんだか、まるでわたしの全てを知っているんじゃないかと思った。何もかも見透かすような瞳。彼女に嘘を吐いたらなんだかばちが当たりそうな気がした。
「まあ、一応そんな感じ、かな」
「ふふ、さっきからナマエ、曖昧な答えしかしてないね」
「…そうね」
「いいの、お話し相手になってくれてるだけでもわたし嬉しいから」
「そう?」
「うん。それに、彼はツォンの言ってた通り大丈夫。すぐに戻ってくると思う」
「べ、別に戻ってこなくてもいいんだけど」
「素直じゃないんだから〜」
他の女性とこんな会話をしたことがなかったから、わたしは少し戸惑った。そんな様子にもエアリスは楽しんでいるようで、また柔らかい笑みを浮かべた。なんでだろう。彼女の笑顔を見ると凄く落ち着く。

わたしは決意をするかのように、少し大きく呼吸をした。

「エアリス、あのね」
「なあに?」




わたしは、自身のことを全て話した。
本当のわたしのこと。ここにいる理由。わたしがしようとしていたこと。
エアリスになら話しても大丈夫だろうと思った。今まで周りに一人も仲間がいなくて孤独だったわたし。話していくにつれて、背負っていた重いものがどんどんなくなっていくように感じた。

「そっか、だからナマエはタークスのスーツが似合ってないんだ」
「似合ってない?」
「あ、外見とか、そーゆうことじゃなくてね。なんていうか、雰囲気が彼らとは全く違ったから。ナマエは神羅の人間とはどこか違う。そう感じたの」
自分は神羅の人間になりきっているつもりでいた。けれど、そうではなかった。今まで正体がバレていなかったのは、もしかしたら奇跡かもしれない。でも、きっとエアリスだからわかったんだと思う。それが古代種の力なのかはわからない。けれど、彼女からは不思議な力を感じる。

助けてあげたい。

そう思うことは彼女の笑顔を見れば自然な感情だった。彼女をこのまま神羅に利用させるわけにはいかない。今エアリスを助けてあげられるのは、わたしだけ。わたしが何とかして彼女を逃がさないと。

「ねえ、エアリス…」

そんなわたしの言葉を遮るように、オフィスの扉の開く音がした。
はっとして目を向けると、そこには白衣を纏った研究員が数名立ち入っていた。
その出で立ちから、彼らが誰の指示を受けてここに来たのかを知るのは容易だった。
エアリスを庇うように彼女の前に立つ。
「宝条博士の研究員が何用なの?」
「タークスに用はない。博士はその娘に用がある」
「わたしはそんなこと聞いてないけど?」
「関係のないことだからな。さあ、渡しなさい」
近づいてくる研究員たち。誰にも見つからずにエアリスを逃がしたかったのに。どうしたら…。


ぽん、と肩に手を置かれる。その手の持ち主を見ると、不思議なことに微笑んでいた。彼女は研究員たちの方へと歩き出す。
「エアリス…っ」
「大丈夫、ナマエ。彼らがきっと来てくれるから」
彼ら?彼らとは一体誰のこと?
エアリスはこんな状況でもわたしよりも遥かに落ち着いて、研究員の指示に従い、ついていく。

「時が来たら、ナマエも一緒に。ね?」

その言葉と笑顔を残して、彼女はこの場から消えてしまった。彼女の笑顔をただ呆然と見ているだけで、わたしは動くことができなかった。




宝条は一体なぜエアリスを呼び出したりなんかしたんだろう。古代種の生き残りだから?…生き残りといえば、以前タークスで捕まえた絶滅危惧種に当たる一族の動物が宝条の研究室にいる。もしかしたら、それと何か関係があるのかもしれない。
そうでないにしろ、宝条のことだからエアリスを危険な目に合わせることには間違いないはず。下らない、奴の実験に使われてしまうはず。

けれど、さっき言ったエアリスの言葉が気になる。

彼ら、って一体。彼女のことを誰かが助けに来てくれるとか?まさか。よりによって本陣に?それに、時が来たらわたしも、というのはどういう意味だろう。


もしかして、わたしも一緒に逃げられる?ここから?この、大きな闇から?信じられなかった。そんな日が来るとは到底思えなかった。けれど、彼女がああ言っているんだ。もしかしたら、もしかしたらだ。




色々と考えを廻らせている矢先、事は起こった。

突然、警報がビル全体で鳴り響く。あまりにも突然で、心臓が止まるかと思った。
けど、これは。

「もしかして、」

わたしは確信した。このビルに無謀にも侵入した人物。それがきっと、エアリスの言う彼ら。


わたしにはその警報がはじまりの合図に聞こえて、胸が躍った。ここにきてやっと、希望というものに巡り逢えたような、そんな気分だった。

その原因を確かめるべく、わたしはオフィスを後にした。
そこに未来が待っていると信じて。

121106
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