16

わたしはジュノンの街を隠れながら歩いていた。行き交う神羅の兵士達の会話を聞いていると、もうすぐ式典が始まるとのこと。辺りは騒然としていて緊張が走っている。周りの目を気にしてこそこそと行動することなんて経験のないことだったから話しかけられる度にびくりと身体が反応してしまう。けれどほとんどが早く持ち場に付けだの式典が面倒だの、他愛のない言葉だったので心配する必要はなかったのだけど。
「それにしても凄い数…」
こんなにたくさんの神羅兵が集まってるところなんて見たことがなかった。けれど、クラウドたちは彼らに紛れて見つかることはないだろう。わたしもタークスの誰かに遭遇しない限りは大丈夫、な筈。


ここに来ると色々なことを思い出す。タークスに潜入して始めて訪れたのがジュノンだった。今まで身を隠していたわたしにとって仲間の元を離れて訪れたこの要塞は圧巻で、少しだけ尻込みした。これだけの軍事力のある組織を相手にわたし達は立ち向かえるのだろうかとか、不安でいっぱいだった。


そしてわたしは一軒のバーの前で思わず立ち止まってしまった。一般客の入れない、神羅会員制バー。入って間もない頃、ガチガチに緊張していたわたしをここに連れてきたのがレノ達だった。初めは馴れ合うこと拒んでいたのに、強引に何度も連れて行かれて飲まされて。そのうちにいつの間にか彼らとお酒を飲むことが楽しく感じるようになった。話していくうちに彼らが神羅の人間だということを忘れてしまうくらい、ちゃんと心のある人間だった。

『お前、笑うんだな。そっちの方がいいぞ、と』

油断して彼らに心を許してしまったときにレノに言われた一言。思えばそれが彼との始まりだった気がする。

あ、そういえば…
『あんたは、そうやって笑っている方がいい…と思う』
カームでクラウドに言われた言葉が重なった。でも、だからと言ってクラウドが好きになったってわけでもない。違う、なに考えてるの、馬鹿みたい。そんなんじゃない。ただ、嬉しかっただけ。


「おいおい、一般兵がこんなとこで油売ってんじゃねえぞ、と」
不意に掛けられた言葉に反射的に振り返ってしまう。そこにいたのは、予想もしていなかった、彼だった。どうして、なんで。あの時は確か彼はいなかった。だから少しだけ安心してた。他のタークスの面子ならわたし一人でもなんとか対処できると思っていたけど、彼は違う。

わたしの顔を確認した彼が目を見開いて唖然としている。どうしよう、どうしたら。
「おい、待て!」
とりあえず逃げるしかなかった。話しても彼は納得なんてしてくれない。わかってる。彼から逃げることなんて出来ないことくらい。でもわたしにはそうするしかなくて。それでもやっぱりわたしの足じゃ彼から逃げられなかった。あっけなく腕を掴まれ、引き止められてしまう。彼は今、どんな顔をしてるのだろう。見ることができない。
「離して…!」
「落ち着けよ、と!俺だって!」
だからこそ、彼だからこそ逃げてるのに。彼は何もわかってない。
「お前、その格好はなんだ。あいつらもここにいるのか?」
「…言えない」
「主任から誘拐されたって聞いたけど、それは本当なのか?」
「……」
「なあ、なんとか言えよ…!」
わたしの腕を掴むレノの手に力が篭る。会うことなんてないと思っていたから、何も準備ができてなかった。この前コンドルフォートでクラウドと話したときに彼はもう過去にするってそう決めた筈なのに。

思い切り腕を引かれ、レノの腕の中に身体が収まってしまう。離れようと押し返しても無駄だった。余計に彼の腕の力が強くなって、彼の体温がわたしに流れ込んでくる。そしてわたしの首元に押さえつけるように顔を埋めて、震えている。
「わけわかんねえよ…お前のこと、なんもわかんねえよ…」
「レノ…」
泣きそうになる。どうしたらいいかわからなくなる。嫌だ、早く彼から離れたい。
「…ナマエ。戻ってこい」
顔を上げた彼の瞳がわたしを捕らえる。強い眼差しに吸い込まれそうになる。いつになく余裕のない彼が余計にわたしの心を揺さぶる。どうしよう、怖い。拒否できない。あの時クラウドと一緒に行けばよかったかもしれない。でも、こうなるなんて思ってもみなかったから。
息が詰まる。呼吸が苦しくなる。言えば楽になる筈なのに、その言葉さえも喉につかえて出ていこうとしない。彼の苦しむ顔を見たくない。そう思ってしまった。

だって、彼は何も悪くないもの。

「レノ、わたし…」


「おい!」


声のした方を二人で見つめる。その先にいたのは神羅の一般兵。
「ああ?なんだよ、お前は式典のパレードにでも行ってろよ、と」
それでも動こうとしない兵士に痺れを切らしレノがその兵士に歩み寄る。
「取り込み中なんだよ。見てわかんねえのか、と」
「用があるのはお前じゃない。ナマエだ」
そう言って、深く被った帽子を脱ぎ捨てる。薄々は感じていたけれど、その兵士はやっぱり彼だった。エアリスと一緒に運搬船に向かった筈のクラウド――。
「お前…っ!」
「ナマエ、来い!」
その言葉に自然と反応したわたしは走った。呆気に取られているレノの横を走り抜け、差し出されるクラウドの手を掴み、二人で思い切り走った。
「おい、待ちやがれ!」

どうして彼がここにいるんだろう。大丈夫って言ったはずなのに、どうして。エアリスはどうしたの?
彼に必死についていこうとして、時々こけそうになる。けど、繋いだ手がわたしのことをちゃんと引っ張ってくれる。後ろからレノが追い掛けてきて、何度もわたしの名前を呼ばれた気がした。でも、わたしは彼の背中を見つめて彼のことばかり考えてその声が遠く聞こえる。式典の音楽がだんだんと大きくなってくるけど、それよりもわたしの胸の鼓動がどくどくと脈打ってそれがほとんどかき消される。どうしよう、凄く嬉しい。彼が来てくれたことがこんなにも――。

逃げた先は式典が行なわれる街道のすぐ傍。多くの神羅兵がいるここを選んだのは正解だ。これならレノも見つけるのが難しくなる。
「クラウド、どうして…」
「心配だったんだ、まさかあいつがいるとは思ってなかったが」
「…エアリスは?」
「エアリスはバレットに任せた。とりあえず、騒ぎにならないうちに行こう」
「ええ…」
未だに離れない手と手が熱くてどうしようもなく苦しい。全速力で逃げてきたからそのせいだと思ったけど、少しだけ違う気がした。
「クラウド」
「なんだ?」
「ありがとう」
「…当たり前のことだから、礼はいい」

ぎゅっと彼の手の力が強くなる。わたしはそれに応えるように握り返した。その時の彼の表情が少しだけ動揺するかのように強張ったのは、気のせいかな。

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