15

わたしがジュノンの"下"を訪れたことは殆どなかった。タークスとして任務で"上"を訪れることはあっても、この村には殆ど縁がなかった。まるでミッドガルのスラム街のように日の光が殆ど入ってこない村、アンダージュノン。

けれど、アンダージュノンに入った途端どうしてか雰囲気に似つかわしくない音楽が耳に入る。恐らく上で何かが行われているのだろう。
その違和感を感じながら辺りを見回していると、既に到着していたティファ達が駆け寄ってきた。
「おそーい!」
「ああ、すまなかった…」
「なんだあ?その変な格好の嬢ちゃんは」
バレットが腕を組んで訝しげにユフィを見つめた。クラウドは呆れて話をする気もなさそうだったのでわたしが代わりに説明しようと口を開くと、それよりも先に彼女自身が声を荒げた。
「失礼な!アタシにはユフィって立派な名前があるんだい!」
「ユフィちゃん?」
「そう!ユフィ!このツンツン頭がどうしてもアタシについて来てほしいって言うから…「違う」
そしてまたユフィが一方的にクラウドに突っかかっているのを余所に、わたしはティファ達に事のいきさつを説明した。バレットは少しだけ納得のいっていない様子だったけれどティファとエアリスの説得でまあいいかといった感じに落ち着き、その頃にはユフィもクラウドに突っかかるのが飽きたようで村を散策し始めていた。

「ナマエ、大丈夫だったか?」
隣にいたレッドが突然話しかけてきたものだから少し驚いて彼を見下ろした。その瞳が彼の冷静な声とは似つかわしくない、心配そうな色をしていて首を傾げる。
「いや、大丈夫ならいいんだが」
「ええ、大丈夫。ありがとね」
「…ああ」
ユフィ同様、村を歩き出した彼の背中に疑問符を浮かべる。ミッドガルを出た時にもこんなことがあったような…でも、その疑問は程なくして一層盛り上がりを見せる上からの音楽に遮られた。

「しかしなんだこの音楽は」
クラウドが眉間に皺を寄せて上を見上げる。
「なんでもルーファウスの野郎が上に来てるらしいぜ」
先に到着していたバレットは村の住民から色々と話を聞いていたようで、その音楽がルーファウスの歓迎式典のためのものだと教えてくれた。するとエアリスが思いついたように、
「ルーファウスもここから海を越えるつもりなのかな?それじゃ、セフィロスはもう海を渡っちゃったってこと?」
「…なるほど。それなら俺たちもその船に忍び込めれば…」
「しかしどうやって上に上がるよ?」
「そうだな…」
できることなら穏便に事を済ませたい。それはみんなが思ってる事。どうやったらそれが可能か。わたしの中で答えは一つしかなかった。

「ねえクラウド」
わたしは村の奥にあるゲートを指差した。あのゲートの奥には上へと繋がるエレベーターがある。そこでは神羅兵がぴくりとも動かずに銃を構えて見張っていて、一般市民が通るのは殆ど無理そうだ。けど、わたしには彼を動かすことができるかもしれないと思った。
「いや、いくらなんでも危険じゃないか?」
「きっと大丈夫だと思う。わたしのことが全員にまで露呈してるとも思えないし。それにまだ一応持ってるから、これ」
ポケットに入っていた社員証を取り出してクラウドに見せる。
「わたしに任せて、ね?」
渋々頷くクラウドに笑いかける。諦めたように溜め息をついた彼はわたしの肩を叩いて頼むと言ってくれた。それがとても嬉しくて。


「お疲れ様」
気を張り巡らせた神羅兵が手に持っていた銃を構える。けれど、わたしが社員証を見せた途端に焦った彼は銃を下ろしてわたしに向けて敬礼をする。よかった、まだわたしの件は何も通達がないみたいだ。
「お、お疲れ様です!しかしこいつらは…?」
「例の古代種の娘とミッドガルで騒ぎを起こしたアバランチ。上へ連れて来るよう言われたから通してもらえないかしら?」
「そうでしたか…!では今開けますので下がっていてください」
すんなりとゲートを開けようと走り出す神羅兵。
正直、これは賭けだった。失敗した時のことは考えていなかった。けど、ルーファウスがツォンに本当のことを話さずにわたしを連れ戻そうとしている時点でこの兵士は何も知らないだろうという自信が何故かあった。ほっと胸を撫で下ろし、後方で緊張した面持ちで様子を伺っていたクラウドに笑いかける。
「ね?」
「やるな、ナマエ」
感心したように彼が笑う。その顔を見て、少しだけ役に立てた自分が誇らしくてまた笑ってしまった。わたしにも、できることはある。


**


「でもよ、これからどうすんだ?周りは神羅の連中で溢れてるから船に乗り込むのも難しいんじゃねえか?」
「ちょっとここで待ってて」
確かエレベーターの先には控え室があったはず。わたしは彼らを待たせて一人で様子を伺いに外へ出た。ばたばたと大勢の神羅兵が右から左へと走り抜けていく。隠れながらだと余計に怪しまれそうなので堂々と通路に顔を出す。時々わたしに気付いた兵士が視線を向けるけど、どうやらそれどころではないらしく無視して走り抜けていく。

幸い控え室には誰もおらず、そこで人数分の制服を調達する。それを抱えて戻り、彼らにそれを着るように促した。全員がそれに袖を通すことに抵抗を覚えながらもなんとか神羅兵に変装する。帽子を深く被れば、この状況下なら誰も怪しむ者はいない。
「全員で固まってるのも怪しまれる。別行動で船になんとか忍び込もう」
「だな」
「ナマエは俺と行こう」
「え?」
「タークスの連中がうろついてるかもしれない。一人でいたら危険だろう?」
「大丈夫よ、ここのことはよく知ってるから」
「しかしだな…」
「だいじょーぶ!クラウドはエアリスの傍にいてあげて?一番彼女の身が危険なんだから」
「…わかった」
「うん、じゃあまた後でね」

クラウドが心配してくれてる。それだけで、彼の気持ちだけでわたしは嬉しかった。

そうしてわたし達は散り散りになり、運搬船へ向かった。
一人で行動しようと思ったのは、万が一の時のためだ。ここにはツォンやルード、イリーナがいるに違いない。もしクラウドと一緒に行動しているところを見つかればわたしと一緒に捕まってしまうかもしれない。そんなことがないように、捕まる時はわたし一人でいいように。

でも、わたしは彼らと海を越えたい。ここで見つかるわけにはいかないんだ。人通りの少ない道を選びながら、慎重に足を進ませた。どうか誰にも見つからずに海を越えられますように。

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