01 「おはようございます」 「ああ、ご苦労」 今日もわたしはこの豪華な車のハンドルを握る。一体、何度目かはもう覚えていない。そして、これからもずっと握ることになるだろう。 副社長の出勤時間に合わせて社用車を出し、会社へと送る。それから車を車庫へと戻し、一日の大半を過ごすオフィスへと足を運ぶ。副社長が出張の際は護衛として付き添い、退勤するとなれば自宅へと車を出す。わたしは側近のようなものだった。 休日は副社長に合わせられる為不定期で、安らぎの時間など、ほぼ皆無。 常に張りつめた環境の中、わたしの心は蝕まれていく一方だった。 しかし、それでもわたしにはここにいなければいけない理由があった。なんとしても”彼ら”の期待に応えたい、そのことで頭がいっぱいだった。 ――使命感 言ってみればそうかもしれない。 ** 「戻りましたー」 「おつかれさん、と」 相変わらずだらしない格好をして、両足をデスクに乗せながら怠慢している男――レノはタークスのエースだ。これでも。 関わりを持つことを拒み、距離を置いていたわたしに遠慮することなく土足で入り込んできた彼。いつでも強引な態度で真っ向から向かってくるレノは、わたしを翻弄させた。 本来抱いていた神羅のイメージとは異なる存在。任務に就く際こそ色に染まるものの、心までは染まりきってはいなかった。わたしと接しているときの彼は、わたしたちと何ら変わらない、人間だった。楽しいことがあれば笑うし、嬉しいことがあれば喜ぶ。癇に障ることがあれば怒るし、辛いことがあれば哀しむ。 組織に属する者全てが闇に落ちてしまっているわけではない。わたしは不覚にも、彼によってそれを知ってしまったのだ。 そして、何時しかわたしに一番抱いてはいけない感情が芽生えてしまった。 それは、愛情だった。 認めたくなかった。 認めてはいけなかった。 しかし、距離を置こうとすればするほど詰め寄ってくる。わたしの蝕まれた心が彼の笑顔によって癒されていく。唯一、なにもかも忘れて本当の自分の感情を引き出してくれる存在だった。 初めは組織に信頼される為にちょうどいいと思って交際を始めたけれど、本当のわたしは確かに愛情を抱いていた。組織の内部事情を知る為のいい材料だと思っていたのも、彼に近づく為の口実だったかもしれない。 けれど、それに気付いた時、わたしは気持ちを奥の方へ押し込んだ。本来の目的を忘れてはいけない。染まってはいけない。心を開いてはいけない。 大切な人たちを思えば、その作業は意外に簡単なことだった。 「折角いい腕してんのに、副社長のお守りばっかじゃつまんねえだろ、と」 「そうでもないわよ?」 タークスは、要人の警護はもちろん、ソルジャー候補のスカウトや諜報活動・敵対者の暗殺など、ありとあらゆる任務をこなしていく、神羅の中でも特殊な存在だった。 しかし、わたしは副社長の護衛やデスクワークのみを任されている。 これは副社長の意向だ。 「なんでわたしだけこんな地味な仕事ばかりだかわかる?」 「…気に食わない答えしか浮かばねえな、と」 「副社長に気に入られてる、とか?」 レノは明らかに気に食わないといった表情を浮かべ、わたしに睨みをきかせる。 「妬ける」 勿論気に入られているとか、そんないいことではなかった。そちらの方がよかったのかもしれない。 ――神羅カンパニー。 実に巨大な組織だ。わたしたちはあまりにも無謀すぎたのかもしれない。その気持ちは過ごす時間が増えるにつれ、内部の情報を手に入れるにつれ、大きくなっていった。不安と焦りが募る一方だった。 わたしは、この組織を飲み込むためにここにいた。しかしわたしになにができる?情報を提供したところで、組織に対抗できるほどの力を持つことができるのだろうか。もしかしたら、無理なのかもしれない。そして、”彼ら”にそのことを伝えるべきなのだろうか。 大切な人たちだからこそ、無駄死にだけはしてほしくなかった。 そうしてわたしは、何時の間にか飲み込まれていた。逃げ出すことのできない、大きな大きな闇の中。 121101 |