12 わたし達は、目の前の光景に絶句した。 執拗に追い掛けてる大蛇をなんとか振り切り、チョコボの足でやっとのことで湿地帯を抜けた。チョコボがいなかったら危なかったかも…。頑張ってくれたチョコボの頭を撫で、別れを告げた。それに応えるように彼または彼女はわたしに頬擦りし、その場を去って行った。 「行っちゃった〜」 その背中を名残惜しそうにエアリスが見つめ、ぽつりと呟く。チョコボが苦手だったわたしも、その背中を見つめて少しだけ寂しい気持ちになった。 「ナマエ、ど〜したの?」 ひょこっと、エアリスの顔が間近にやってきた。 「な、なんでもない」 視線だけクラウドに向け、その背中を見た。さっきまですぐ傍にあったその背中。 楽しかった、な。一度振り落とされそうになってから、クラウドとは一言も会話を交わしていなかった。見るなと言われた以上あんまり彼の表情を伺う事はできなかったけど、頭を預けた彼の背中からは彼の熱が、確かに伝わってきた。 何考えてんだろ…馬鹿みたい。 「おい、これ…」 それを目にしたのは、間もなく洞窟に着く頃だった。先ほどの大蛇と姿形は同じ魔物の、無惨な姿。気分を害し、思わず口を覆った。それに気付いたエアリスがわたしの背中を優しく撫でてくれた。 「セフィロスが…殺ったのか…」 それに一歩近付きまじまじと見るクラウドが、セフィロスの仕業だと確信したように小さく呟いた。 「こんな事やっちゃう人がわたし達の相手…」 これが、セフィロスの力…。まるで自分の力をわたし達に見せつけるかのようにやったとしか思えない、それ。不安と恐怖が頭をよぎった。果たしてわたし達が立ち向かって太刀打ちできる相手なのだろうか。 「…行こう」 呆然と立ち尽くすわたし達を余所に、クラウドが洞窟へと足を進めた。 …そうだ。 前に進むしか、道はない。 ** 「ちょっと待った」 不気味な輝きを放つ洞窟の中へ歩みを進めて暫く経ったときだった。見覚えのある声、そして暗がりから見せた見覚えのある、姿。 「…ルード」 「タークス…何の用だ」 「……」 「先輩!」 頭上から甲高い声が聞こえる。そこには見覚えのない金髪の女性がタークスのスーツを纏っている。 「私はタークス新人のイリーナ。 レノ先輩があんた達にやられてタークスは人手不足。…お陰で私、タークスになれたんだけどね…ま、それはともかく私達の任務はセフィロスの行方を突き止める事。それに、あんた達に攫われたナマエ先輩を助けて、あんた達の邪魔をする事。ナマエ先輩、今助けますからね!」 「イリーナ、喋りすぎだぞ」 続いて現れたのは主任…いや、ツォン。もうこんなところまで追いついてくるなんて、流石はタークス…。いやいや、褒めてる場合なんかじゃない。 レノがいない今、あのイリーナって子が代わりに入ったってことなのね。 レノ…。 いや、それよりも攫われたって何?助けるって? 「…ナマエ、レノが心配している」 心配…?彼らを裏切って逃げ出したわたしを?まさかルーファウスが嘘を吐いてまで彼らを…? 「イリーナ、我々の任務を彼らに教えてやる必要はない」 「すいません…ツォンさん」 「お前達には、別の任務を与えてあった筈だ。行け、定時連絡を欠かすなよ」 「あっ!そうでした!それでは、私とルード先輩はジュノンの港へ向かったセフィロスを追いかけます!」 「…イリーナ。私の言葉の意味がわからなかったようだな」 「あっ!」 慌てて口を抑えるイリーナ。それはもう遅いんじゃ…。タークスにこんなドジな子が入って大丈夫かしらと反射的に心配になった。 「…行け。セフィロスを逃がすなよ」 「ナマエ先輩、レノ先輩が今に助けに行きますからね!それまで耐えてください!」 「…イリーナ、行くぞ」 「あっ、は、はい!」 二人の背中を見送った。それに気付いたかのようにルードが一度わたしの方を振り返ったが、咄嗟にわたしは視線を逸らした。…彼らはまだわたしのことを信じている。 でも、現実は違う。わたしは彼らを騙していた。相手がどんな悪者だろうと、裏切っていたのはわたしだ。ズキリと、胸の奥が痛んだ。けれど、仕方のないことだった。わたしは、成すべきことをしたまでであって、こんな罪悪感に苛まれる必要など一切ない。もっと堂々としているべきだ。わたしのためにも、彼らのためにも。 「…ツォン、さん、は、何か勘違いされているかもしれませんが、わたしは誘拐なんてされてません…。わたしの意思で彼らといるんです」 誘拐だかなんだか分からないけど、わたしは自分自身の意思でここに立っている。ルーファウスが彼らに対してそう告げたことは分かっていた。意図は分からないけれど、彼はあくまでもわたしを生かしておきたいみたい。 「…成る程。私が聞いていた話とは大分違うようだが、社長がお前を連れ戻そうとしていることには代わりない。我々はそれに逆らうわけにはいかない。それにナマエ…タークスの決まりを忘れたわけではないな?」 「…っ」 動揺するわたしを見て彼は笑った。分かっている、タークスの決まりくらい。でも、それなら彼らの手の届かないところまで逃げればいい。 …違う、戦わなきゃダメだ。 「ククッ…どんな形で今お前がそこにいようと、お前が生きている今、タークスであるということには代わりない。外見をいくら変えようとも事実は変わらない…それに、お前自身も捨て切れていないように見えるが?」 ツォンはわたしを一瞥してまた笑った。そうだ、ジャケット…。何も言い返すことが出来なかった。確かにそこにはわたしがタークスであった証が残っている。けど、わたしがこれをまだ羽織っているのはそんなことが理由じゃない。 「あんたの戯言に付き合っている暇などない。それに、ナマエは元からあんた達の仲間なんかじゃない」 クラウドが一歩前に出て剣を構える。わたしのことを、庇ってくれている。 「ほう、それは一体どう言うことかな?」 「ナマエは…「やめて!」 「…ナマエ?」 「…ごめんクラウド」 真実はわたしから言わないと意味がない。でも、今はまだ、言いたくない。 「とにかく、わたしは戻りません。それでもと言うならわたしはあなたと戦わなくてはならない」 「お前が私とか?ククッ、やめておけ。しかしそこまで言うなら今は見逃してやる。我々の最優先はあくまでもセフィロスだ。いずれはお前にもその任務に加わってもらう」 「だから、ナマエは戻らないって!」 「…エアリス。君も暫くは神羅からは自由だ。あまり会えなくなるが元気でな」 「…」 クラウドと同じように前に出たエアリスがぴくりと身体を震わせた。その表情は少し切なげで、ツォンもまた、似たような表情を浮かべていた。 「ではナマエ、また会おう。…レノが知ったらどうなるか…見ものだな」 レノが知ったら…。考えたくもなかった。ううん、わざと考えないようにしてた。彼がこの裏切りを知ったらきっとわたしに幻滅するに違いない。 …何? わたしはそれを恐れている? 彼がわたしをどう思おうと関係ないし、レノのことは好きじゃない。 …本当に? 本当に好きじゃない?だったらなんでさっきクラウドが言おうとしたことを止めたの?なんでこのジャケット、今でも着てるの?そんなに一度築かれた絆が壊れるのが怖いの…? 「…ナマエ、だいじょぶ?」 「ええ…ありがとう。よかったねエアリス、暫く追われないで済むね」 「そうだけど…ナマエが心配」 「わたしなら大丈夫よ」 エアリスが追われてきた何年もの間に比べたら、わたしなんて。 「ナマエ…。あんたとレノとかいうやつ、何かあったのか?」 「…特に何も」 「……。ならいいんだ」 彼は、少し寂しそうな顔を見せた。わたしの肩に優しく置かれた手から彼の熱が伝わってきて、いたたまれない気持ちになった。 「クラウドっ」 無言で振り返り、ただわたしの言葉を待つように見つめる彼。過去にあった、出来事なのに。それが今でも続いているかのように思えて。クラウドには何故か言えない。仲間じゃないかもしれないって、疑われるから? 「ううん、なんでもない…」 きっと、それとはちょっと違う理由だったかもしれない。 121202 |