10 わたしたちは限りなく広がる草原の中を歩いた。久しぶりに踏む大地に、わたしの心は少し踊った。 「ナマエ、なんだか嬉しそう」 「え、そう見える?」 「うん、わたしはミッドガルから出たことがないから少し怖いけど…」 「大丈夫。クラウドもわたしも、レッドXIIIだっているんだから」 「そう、だよね。ありがと!」 にこっと笑うエアリスを見て安心した。 思い切り伸びをして、外の空気を味わうように大きく息を吸った。澄み切った空気。ミッドガルはいつだって世界が暗かったけど、ここでは空を見上げれば明るく日が射している。自然の恵みはこんなにも素晴らしい。その素晴らしいものをわたしは守りたいと、心から思う。 「ところでナマエ」 「なに?クラウド」 「ナマエのこと、少し聞かせてくれないか」 「そうだったね」 思い出したように、わたしがタークスの一員になった経緯をエアリスと初めて会ったときと同様に話した。クラウドは時々会話を止め、それに答えながら話した。 時々行く手を阻む敵に遭遇しながらも一通り話し終える事には、目の前にはカームの街が見えてきた。 「なるほど…そういうことか」 「ええ、そうなの。これで安心した?」 「そうだな、それであいつら…」 "あいつら"。ルーファウス、それにレノとルード。ルーファウスはともかく、二人は真実を知らない。…もしかしたらもう知っているかもしれない。けど、そんなことはもう、どうでもよかった。わたしは現にあのビルを抜け出してここにいるわけだし、いつまでも引きずっているわけにはいかない。なのに最後にレノにした仕打ちが脳裏をよぎる…。ああ、もう。忘れてしまいたい。 ** 街の入り口付近でティファが待っていて、わたしたちを見つけると大きく手を振って迎えてくれた。エアリスとレッドXIIIの二人はティファに付き添うように先に宿屋へ向かった。それに後ろからクラウドもついていく。でも、わたしには宿屋に寄る前に済ませたいことがあったため、立ち止まったままだった。 「ねえクラウド。わたし、この格好どうにかしたいんだけど、いいかな?」 「ああ、そうだな。街をうろつくのもそのままだと行動しにくいし…先に行くか」 「一人で大丈夫だよ?」 「いや、ミッドガルを離れたからといって一人は危ない」 「ふふ、優しいね」 「別に、そんなんじゃ」 「そう?じゃ、行こっか」 「ああ…」 カームにある小さなショップに二人で行ってわたしは適当に服を選んだ。どんな服装であろうと今の格好よりはマシ。試着室の鏡を前に、最後のこの姿を目に焼き付けた。 さよなら、ニセモノのわたし。 何故か、胸がちくりと痛んだ。 「どう?」 「どうと言われても」 「似合うとか似合わないとか!」 試着室から出て、傍で待っていたクラウドに感想を求めた。それなのにクラウドときたら困惑した表情を向けてきて。 「似合う、んじゃないか?」 「曖昧ね…」 「いや、似合ってないわけじゃない。ただ…こういうのに慣れてないだけだ」 「こういうのって?」 「…なんでもない」 「変なクラウド」 ふいっとわたしから避けるように顔を背けたクラウドに首を傾げ、試着した服を一式購入した。今までのスーツを処分してもらおうと思ったけど、ジャケットだけは残しておいた。そして、それを羽織って店を出た。こんなものに袖を通したくないと思いながら毎日羽織っていたジャケット。 なんでだろ、全部捨てきれない。 先を行くクラウドに追いついて、隣を歩いた。さっきと変わらずクラウドはわたしに顔を合わせようとしないし、話しかけても、ああ、とか、そうだな、とか、生返事しかしてこなかった。わたし何かした? そんなぎこちない空気の中、わたしたちはみんなの待つ宿屋に向かった。 「やっと来た!あ、ナマエ着替えたんだね、スカート似合ってる!」 「よかった、ありがとう」 エアリスの褒め言葉に素直に喜びが生まれたけど、少し照れた。クラウドはあんな返事しかしてくれなかったし…まあ、別にいいんだけど。ちらっとクラウドを見ると、まださっきと変わらない調子でわたしから視線を逸らしてた。 「早速なんだが嬢ちゃん、俺たちはまだ嬢ちゃんのことが全くわかっちゃいねえ」 そう言えば、バレットとティファにはまだ話していなかった。 「そうね、あんなにばたばたしてたから仕方ないわ」 何度も話したわたしのこと。 それでもみんなが耳を傾けてくれ、わたしのことを知ろうとしてくれた。バレットはクラウド以上にたくさんのことを質問してきたものだから、話し終えるのに大分時間が掛かった。けど、バレットはわたしの話を聞けば聞くほど嬉しくなったり興奮したり、神妙な面持ちだった表情がみるみると明るいものになっていき、興味津々でいろんな事を聞いてきた。それになんだか嬉しくなって、わたしも気分が上がっていった。 「ってことは、ナマエはあのアバランチの一員ってことか!ひゅ〜!」 「バレットったら、ずっとナマエたちの思想に賛同してたのよ。こんな形で出会えるなんて」 「そんな、わたしはそこまで何かしたってわけじゃないから…。あ、そう言えば、わたしも貴方たちのことをよく知らないんだった」 「言われてみればそうだったな。ティファ、ちょいとナマエに教えてやれ」 「もう、自分が説明面倒だからってわたしに押し付けて!」 「いいだろ?おめえの方が得意だろ、そういうの」 はあ…と溜め息をついて、彼らがしてきたことをティファは事細かに教えてくれた。 壱番魔晄炉爆破のこと、伍番魔晄炉であったこと、ウォールマーケットで起きた出来事、クラウドが女装したこと(ちらりとクラウドを見たら、不服そうな表情を浮かべていてなんだか可愛かった。一方バレットは大笑い)。 そして、七番街プレート落下の件…。 「そしたらタークスが…」 「待って!」 どんな容姿をしてた?赤い髪?スーツを着崩してた?特徴的な口癖だった?ロッドの使い手だった? 全てがレノに繋がるものでいっぱいになった。でも、口には出せなかった。真実を知りたいのは確かだった。ううん、わたしにはわかってた。でも、ここで聞いてしまったら、なんだかいけない気がして。 わたしの大声でティファが目を丸くしてこちらを見ている。無理もない。エアリス以外にはレノとのことは話してないから。 「ごめんなさい…。どうぞ続けて?」 「え、ええ…。それで、プレートの時限装置を作動させられて、なんとか止めようとしたんだけど、できなくて」 「それで、ビッグスやウェッジ、ジェシーは死んじまった…七番街に住む連中まで…!」 バレットの怒号が響き渡る。そっか…。彼らはあれを目の当たりにしたんだ。遠くから見ていたわたしとは違う。身近な人も目の前で失った。張りつめた空気が室内を包み込む。わたしは知っていたのに何もできなかった。 「わたし…何もできなかった」 「ナマエが悪いんじゃないわ。悪いのは神羅よ」 「そうだ!全部、なにもかも奴らが…!ちくしょう、許せねえ!」 許せない。確かにそう。でも、こうして悔しい思いを口にしているだけでは何も変わらない。 「ねえ、バレット…わたしたちにできる事ってなに、かな。さっきクラウドが言ってたセフィロスと星の危機の関係っていうのは?」 「そうだった!おいクラウド。そのこと、詳しく聞かせろよ」 「ああ…」 すっかり聞く側に回っていたクラウドが掛けていたベッドから腰を上げた。 クラウドは過去の思い出を辿るようにゆっくりと、セフィロスとのことを話してくれた。時々口を挟もうとするバレットにティファが制止して、話を途切れさせないようにする。 クラウドは、セフィロスに憧れてソルジャーになった。いくつかの作戦をセフィロスと共にこなし、クラウドと彼は言うならば戦友になっていた。 そしてその中で起きた、5年前の任務での話。クラウドとティファの故郷ーーニブルヘイムで起きた、悲痛な事件。 魔晄炉の調査を行なってからというものセフィロスは様子がおかしくなってしまい、ニブルヘイムにある屋敷に篭りっきりになった。そこで彼は訳の分からないことを言っていたという。それから彼はニブルヘイムを焼き払った。クラウドは彼の後を追い魔晄炉へと向かった。そこで目にしたのは息絶えたティファの父親と、セフィロスに立ち向かい無惨にも切られてしまうティファの姿。 クラウドはセフィロスと対峙した。 それから…。 「…この話はここで終わりなんだ」 「ちょっと待てよ!続きはどうなってんだ?」 バレットの言うことにみんなが頷いた。首を振り、これ以上覚えていないことをクラウドは告げる。それならセフィロスは?どうなったの?クラウドは自分がセフィロスと対峙しても、実力から言って倒せたとは思えなかったと言う。 「でも、公式記録ではセフィロスは死んだことになっていたわ」 ティファが思い出したように言う。それに首を振るエアリス。 「新聞は神羅が出してるのよ…ナマエ、何か知らない?」 「うーん…。わたしもセフィロスに関しては詳しく知らないの。重要機密で、ほとんど手をつけられなかったから…」 「そっか…」 5年前の話も、ほとんど今初めて聞いたようなものだった。確かレノからは少しだけ話は聞いていたけど、大変だったとか、そんな風に話を濁されたことを思い出した。…レノ。今は彼のことは関係ない。 たくさんの疑問が生まれる。色々とこんがらがって、真実に辿り着かない。 「…俺は確かめたい。あの時、何があったのかを。セフィロスに戦いを挑んだ俺はまだ生きている。セフィロスは、何故俺を殺さなかったのか?」 「…私も生きているわ」 もしかしたら、セフィロスはあえてクラウドを生かしたということ?…次元が違うとはわかっていても、自分自身を生かしたルーファウスのことが頭にちらついた。自分と重なる、クラウドの疑問。それに、ティファも生きている。何故? 「何だか、いろいろ、変。ねえ、ジェノバは?神羅ビルにいたのはジェノバ、よね?」 「神羅がニブルヘイムからミッドガルへ運んだのは確実だな」 そのジェノバはわたしたちが見たときには消えていた。プレジデントが殺されていた刀を見た限り、それは恐らくセフィロスの仕業。死んだと公表されたセフィロス、けど実際には生きていて…? 「が〜〜〜っ!訳がわかんねえ! オレは行くぜ。オレは行くぜ! オレは行くぜ!!考えるのはお前達に任せた!」 考えることを放棄したバレットが忙しなく体を動かし始めた。部屋を出ようとする彼をクラウドが止めても聞かず、大きく足音を立てて部屋から飛び出してしまった。 バレットは考えるよりも行動するタイプなのね。わたしは考え過ぎて結局は何もできないから、ちょっと羨ましいかも。何か行動をすれば、結果はどうであれ事態は動く。 それぞれが今のクラウドの話を聞いて、衝撃を受けたようだった。でも、その中でもティファの困惑したような表情が目を引いた。 「ティファ…どうかした?」 「あ、ううん。なんでも、ないの」 「…辛かったよね」 「ええ…でも、大丈夫!」 無理もないか。自分の父親が殺されたことや故郷がなくなってしまったことを嫌でも思い出してしまったのだから。 今のクラウドの話では全てはわからない。 でも、セフィロスが約束の地で星の危機に繋がる何かをしようとしていることは確かで、それを止めなきゃいけない、そういうことだよね。 でも、そんな中わたしが一番気になったのは、クラウドはクラス1stのはずなのに、集めた情報には一切彼のこなしてきた任務がなかったこと。わたしでも目の届かない、それだけ極秘の任務をこなしてきただけかもしれない。けど、少なくとも名前だけは耳に入ってきてもおかしくないはず。他のクラス1stの任務は資料としてあったのに。 わたしが知らないのは、たまたま…? 121123 |