08 ルーファウスの言葉が離れなかった。会話できなかった理由はクラウドだけじゃなく、わたしにもあった。階段を降りて、そこで待っていたティファと合流したけど、二人で会話している声も頭に入ってこない。今は喜ぶべきなのに、これからのことを考えるべきなのに、思考が働かない。 わたしのしてきたことは、正義ではなかったということ? 「ナマエ…大丈夫か?」 クラウドの言葉で意識を取り戻す。二人がわたしを心配そうに見つめてくれていた。 「え、ええ…大丈夫、行きましょ」 そうだ、先に逃げたエアリスたちと合流しないと。今は何を考えても無駄。考えるのはここから逃げ出してから。そこに集中しないと。まだ、安心なんてできない。そう思って、エレーベーターへと足を急がせた。 ああ、やっぱり。 そう簡単にはいかない、か。 目の前にはよく知る二人。何年も一緒に"仲間"として過ごしてきた、二人。今までちゃんと嘘を吐き通してきたはずなのに、最後の嘘だけはうまく言えなかったみたいで。一番会いたくなかった人が、目の前にいる。 ルードに支えられながら、痛々しそうに歩くレノ。それを払って、ずかずかとわたしに近付いてくる。少しよろけた足元が傷の深さを物語り、気持ちを押し込んでいた心の隅が僅かに痛んだ気がした。 「なに、やってんだよ…」 「…」 「なんで、そいつらといんのかって、聞いてんだよ!」 思い切り胸倉を掴まれて、呼吸が苦しくなる。それでもレノに視線を合わせることができなかった。怖かった。離れていこうとしているのはわたしなのに、それをレノに告げるのが怖くて。真実を告げることが、できなくて。 「ナマエ…!」 「こないで!」 後方から二人の声が聞こえてくる。でも、二人には関係ない。これは、わたしの問題。わたししか対処できない。ここで戦ったって、何の意味もない。 「大丈夫、だから…先に行ってて」 一瞬戸惑うように二人は動かなかった。お願いだから、行って。貴方たちは希望なんだから。わたしにとって、唯一の光なんだから。 思いが通じたのか、わたしの横を通って二人はエレーベーターに乗り込んだ。その先に視線を向けると、クラウドが何か、言ってる? "待ってるからな" そう、クラウドの口が動いた気がした。その言葉に、勇気をもらえた。 黙って逃げることなんて、できるわけがなかった。向き合わなきゃいけなかった。目の前にいる彼がこの神羅で一番厄介で、一番別れを告げたくない相手だった。恋とか愛とか、そんなことは関係なく。ただ単純に人間として。わたしの支えになってくれてことは確かだから。そこだけはニセモノじゃないから。 「なんか言えよ」 「ごめんなさい…」 「…っ。謝罪なんて、求めてねえ」 「…」 「騙してたのか?」 「俺たちを、俺を、騙してたのか?」 「俺の前で見せる笑顔も、言葉も、一緒に過ごした時間も、全部、全部嘘だったのか?」 「ちが…「違う?じゃあ、なんでこんなことしてんだ。なんで俺の傍から離れた。なんで俺の言葉を聞かなかった」 言葉が、出てこない。 きっぱり言ってしまえばいいのかもしれない。わたしはアバランチの人間で、貴方たちを今までずっと騙してここにいたと。 けど、 彼の震える両手が、 歯を食いしばる苦痛の表情が、 わたしの声を奪って。 「…なんとか言えよ、と」 ーー言えない。 「…ごめん」 「…っ!」 レノの肩に手を置き、残った手で拳を作って思い切りレノの鳩尾を殴った。どんなに力が及ばなかったとしても、今のレノにとっては十分すぎる力で。胸倉を掴む手が離れて、その場でレノはしゃがみ込んだ。 辛かった。怪我をしてる相手にこんなことするのは、とても心が痛んだ。けど、こうするしかない。 「…レノ!」 慌ててルードが近付いてきて、わたしはその場から退く。苦痛に悶えるレノの傍に寄り、サングラス越しの瞳がわたしを貫く。ルードも、わたしがなにをしているのか信じられない様子だった。わたしも、こんなことをするとは思っていなかった。 でも、今は言えない。 なんて言えばいい?騙してたと、そう言ってしまえば簡単に終わる。でも、わたしの気持ちは確かにここにあった。確かにそれはホンモノだった。だから、それだけでは嘘になる。結果として騙す形にはなってしまっていたけど、レノに対する気持ちは、恋は、本当にあったから。 「ルード、レノをお願い」 「…どこに行く」 「…わからない」 わたしにもわからなかった。どこに行くのか。これから何をするのか。どうしたらわたし自身救われるのか、わからなかった。いつかはこの神羅という組織を崩壊させる。ただひたすらそのことばかり考えていたけど、実際はどうしたらいいのかわからなかった。 けど、ここにいては一生救われない。 ーーだからわたしは出て行く。 言葉を発することもなく、レノが睨みつける。何か言いたそうに口を開いても、傷口が開いたのか余計に苦しむばかりで。もう、見ていられなかった。自分でやったこととはいえ、痛みに苦しむレノを見ていたくなかった。 「お願い、見逃して…」 そう言うのが、精一杯だった。 逃げるように走り出してエレベーターに乗り込む。彼らは、追ってこない。きっとわたしの言葉に従ってくれた。まだきっと、仲間だと思ってくれている。例え憎むべき組織の人間でも、裏切るという行為はわたしには堪え難いものだった。例えニセモノの生活だったとしても、わたしはそこにいたのだから。そこに、人生があったのだから。 いずれ彼らとは対峙する羽目になる。ここで終わるとは到底思えない。わたしだけじゃなく、クラウドたちも消そうとするに違いない。例えどんな手を使っても。そのときまでには、この気持ちを整理させておかないと。 もう、仲間なんかじゃない。 違う。 初めから、仲間なんかじゃなかった。 わたしは神羅にとっての邪魔者。敵。 敵、か…。 なんでだろ、どうして、悲しいんだろ。 もう、わからないよ。 121116 |