07.

――つまり、付き合おうってこと。
どう言うことだろうか。折原くんもわたしを好きだと思ってもいいのだろうか。いや、まさか。そんな筈はない。けれど、付き合おうと言ってきたのは彼だし、やっぱり――。

「おい」いやでもそんなことあり得ない。おかしい。どうせ彼のことだから何か裏があるに違いない。でも、一体どんな裏が?「なあ、」わからない。素直に喜んでもいいのだろうか。そもそも付き合うことになった、の?あの後、何も言えずにいたら折原くんは笑ってその場を去ってしまったからまだだろうけど、それならわたしは返事をするべきだろうか。でも、彼はわたしの気持ちに気付いていたわけだからあの時点で付き合いが始まったことになるのか、それとも――。バンッ!

「ひっ!」
「姉貴!」
突然の大きな音に思わず身を竦ませる。自分の世界から抜け出し、正面の静雄を捕らえれば険しい表情でわたしを睨みつけていた。さっきの音はどうやら静雄が食卓を思い切り叩いた音のようだ。
「な、なあに、静雄」
「なあに、じゃねえだろ。さっきから呼んでんのに、どうしたんだよ」
「え、あー、なんでもない」
「いや、おかしい。幽もそう思うだろ」
静雄の隣に腰掛ける幽は、急に話題を振られても相変わらず静かだった。ちら、とこちらに視線を寄越し、静雄へ移動する。そうしてまたわたしへと顔を向ける。
「…姉さんはいつだってこんなだよ」
ぼそりと一言だけ幽は放ち、ぱくりと白米を口に放った。
「ちょっと幽、それおかしくない?」
しんと静まり返った食卓に、次の瞬間くぐもった笑いが響く。その主を睨めば、誤魔化すように咳払いをした。
「まあ、本当になんもねえっつうなら深追いはしねえけど」
「うん、本当に…」

これ以上深追いされては困る。弟と恋愛話なんて御免だ。その相手が弟の天敵となれば尚更。幽はともかく、静雄にそんな話をしようものなら折原くんの命がいくつあっても足りないような気がする。

恋愛話と言えば、静雄からそういった類の話を聞いたことがない。健全な男の子なら好きな子の一人や二人、いてもおかしくはないのに。
身内のわたしが言うのはおかしいかもしれないけど、静雄の外見は悪くはない。背も高いし、顔も整っている。髪だって金髪に染め上げているし、つまり、カッコいい。けれど、問題なのはあの行動だろう。少なくともあれを見てしまった女子生徒は自ら進んで静雄に近付いていくとは思えない。本当は優しいのに、その一面があまり他人には見えないのが惜しすぎる。
問題ばかり起こす静雄には関わらない方が賢明だという考えは残念ながら正論だと思う。それならいつ弟に幸せが訪れるのかという心配が巡った。

「静雄はさ、」
「あ?」
「好きな子とか、いないの?」
突拍子もない質問に、弟の喉を潤していた飲みかけのお茶が飛び散り、グラスが割れた。馬鹿なこと言うんじゃねえと叫ぶ静雄を余所に、静かに立ち上がった幽が台ふきんを手に取り、これまた静かにテーブルの水滴を綺麗に拭ってゆく。そして、器用に割れたグラス片を拾い上げて捨てると何事もなかったかのように席についた。その間、わたしは自分に降りかかったものを拭き取り、動揺する静雄を見て意外に思った。
「いたらお姉ちゃん応援するのになって」
「んなもん必要ねーよ。てか、いねーし」
「そう?残念」
「いや、おかしいだろそれ。てか、急になんだよくそ…」
「ただちょっと、気になっただけ」
そう、本当に気になっただけだ。わたしが色恋で悩んでるからと言って、決して弟に話題をすり替えようとしたわけではない。いや、そうかもしれない。
尚も落ち着きのない静雄を見て、もしかしたら隠しているだけなのかもしれないと思った。けれど、そこは本人が言いたくなったら聞いてあげようという自己解決をさせて、その場を収めた。

グッドナイトコーリング

それから暫く経った真夜中だった。夜更かしも程々にしようと、小説を閉じてベッドの脇に置かれた間接照明の明かりを落とした。
目覚ましを掛けようと携帯に伸ばしたその瞬間、それが振動して思わず手放してしまった。まったく心臓に悪い。しかし、携帯というものはこういうもの。こんな時間に一体誰だろうと、鼓動を早めた胸を押さえながら折り畳みの携帯を開いた。
知らない番号がディスプレイに映し出されている。それは時間の経過で一度は切れてしまったものの、またすぐ掛かってきた。それならば恐らく知り合いだろうと思うも、誰かも想像が付かない。こういう時の第一声はどんな声をしたらいいのかわからない。
わたしは喉のつまりを解消させるように小さく咳払いをして、少しだけ緊張しながら通話ボタンを押した。

「もしもし?」
『あ、名前さん?俺』
受話器越しに聞こえる声は一瞬誰だかわからなかった。そして、はっと気付いたわたしは何故かベッドの上で正座をしていた。
「折原く、ん?なんで…?」
『ん?まあそこはいいじゃん』
確かめるように相手の名前を呼んで否定されないところから、本人だと確信を持つ。番号を知った経路がとても気になったけれど、いいじゃんと言われてしまえばそれ以上問い詰めることが出来なくなる。折原くんは深追いされるのがあまり好きではなさそうな類の人間だというのは感じていた。けれど、どうしてだろう。
「…まあ。で、何?」
『いや、特に用は無いんだけどさ。ただ、名前さんの声が聞きたいなあって』
「え、」
図書室での発言といい、わたしをからかっているのだろうか。声がとても楽しそうだ。でも、電話越しの彼の声色は先刻とは違い、少しだけ低く感じる。
『はは冗談。でも、嘘でも無いよ』
どっち。なんなのこの人。
『今、なんだこいつとか思ってるでしょ?まあいいや。ところで名前さん、さっきは混乱していたようだから返事を聞くのはやめておいたけど、どうする?』
心を読み取られてどきりとする。どうする、というのはあのことだろうか。いきなり返事を求められてもどう答えたらいいのか――。
『まあ、名前さんに拒否権なんてあって無いようなものだから聞く必要も無いんだけど、一応確認ね』
「ちょっと待って。わたしまだ一度も『好きなんでしょ?俺のこと』
先程から彼はとんでもなく上から目線な発言をぶつけてくる。けれど、それは今に始まった事ではない。それにしても、電話というのはこうも印象を変えてしまうものだったろうか。折原くんの低くてくぐもった声が近くで響いて、胸の高鳴りを抑えるのに必死になる。
『そういうことだからさ、名前さん。シズちゃんにはくれぐれも気を付けることだね。あと、』
「何、折原く『臨也』――え?」
『その他人行儀はおしまい。次その呼び方したら、お仕置きするから』
最後の一言だけが、何故か妙に低く響き渡った。
『じゃあまた明日ね。おやすみ名前』

ほぼ一方的に繰り広げられた会話が終了し、機械音だけが耳に届く。わたしの気持ちなんて、一切無視だ。とは言っても、彼には全てお見通しのようだったから一応成り立ってはいるんだけど、これじゃあなんか、ムードというものがまるでない。
「なんなのよ、もう…」
そうして携帯の画面に映し出された番号を見つめ、自然と手はアドレス登録のボタンを押していた。


――あ。
"名前"って呼ばれた。

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