05.

友人と廊下を歩いていると、見たこともない女子生徒に話し掛けられた。下級生だろうか、彼女はわたしをちらちらと見てしどろもどろになりながら、用件だけを告げて足早に去ってしまう。わたしの引き止める言葉も聞かぬうちに、その後ろ姿は消えてしまった。

内容はこうだ。『弟さんがお昼を一緒に食べたいから屋上に来てほしい、とのことです。』明らかにおかしな話だった。直接言いにくればいい話だし、それが無理ならメールをすればいい。第一、静雄があの女子に話し掛けてそれを頼む姿がどうしても想像出来なかった。そうして考えているうちに、一人の顔が浮かんでくる。けれど、一体何がしたいのかわからなかった。

ランチタイム・ランデヴー

「あ、本当に来た!名前さん、こっちですよー」
何故か手を振るのは新羅くんだった。
いや、本当に静雄がいるとは思えなかったけれど、犯人が見当たらない。わたしをあり得ない嘘でここへ呼び出した犯人が。
ひょこっ。そんな音が似合うような姿の現し方をした犯人に、少し可愛らしさを覚える。新羅くんの奥に腰掛けていた為に確認できなかった彼は、後ろのめりになって笑顔を覗かせたのだ。不覚にもときめいてしまった胸を落ち着かせるように深呼吸し、気を取り直してその真意を問う為に一歩前へと躍り出た。

「ねえ、これ一体「どう言うことだ、ああ?」
突然の声にどきりとして全身がびくりと震える。振り返ると、いつの間にか静雄がわたしの真後ろにいた。
わたしの作ったお弁当を片手に青筋を立てる静雄が、犯人の目の前までズカズカと進んで胸倉を掴み取る。それでも犯人の表情は乱れることなく笑顔だった。
「やあ、シズちゃん」
「…おい、朝の女は手前が寄越したとか言わねえよなあ?あ?」
「もしかして本気でお姉さんから大事な相談があるとでも思ったわけ?っていうか、シズちゃんは本気にすると思ったからそうしたんだけど、名前さんまで本当に来るとは少し意外だったかな。そこはやはり姉弟と言うべきか」
静雄の手を払った犯人にちらと一瞥され、赤面するのがわかった。決して気付いていなかったわけではない。けれど、反論をしてしまえば何故ここにやってきたのか問い詰められることになるだろうと思ってやめた。でも、そうまでして呼びたした理由がイマイチよくわからない。

「なあに、親睦会ってやつさ。大勢で食べるご飯は美味しいって言うだろ?」
絶対に嘘だ。静雄と仲良くなろうだなんて、彼はきっと思っちゃいない。けれど、こうしている間にも昼休みの時間は刻一刻となくなっていく。お腹も空いているし、折原くんと図書室以外で会うのも初めてで多少なりとも気持ちが浮かれているわたしには教室に戻る理由が見当たらなかった。
「手前と親睦を深める気なんざサラサラねえんだけどなあ、臨也よお」
「…まあ来ちゃったし、いいじゃない」
「は?姉貴、何言って、」
「おや、名前さんは乗り気なようだけれど、どうするシズちゃん。戻りたいなら戻ってもいいんだけど、どうせシズちゃんのことだから、俺のことは気に食わないがお姉さんが俺に何かされないようにとかありもしない妄想を働かせてここにいるとか言い出すんだろうね?」
「てんめ、ぶっ殺す…!」
「今くらいはやめなさいよ静雄。時間なくなるよ?」
「……。姉貴に感謝しろよノミ蟲」

そうして奇妙な昼食会が始まったわけだ。
静雄は、わたしと同じベンチの端に腰掛けて背を向けていた。折原くんがわたしに話し掛ける度に怒りの声だけぶちまけていたけれど、それさえも折原くんは楽しそうに受け止めていた。わたしがいることでなんとか騒動にはならなかったものの、屋上にいた他の生徒たちは離れたところでわたしたちの様子を静観していた。この可笑しくも不思議な光景に目を奪われ、時折何かを噂するようにこそこそとしている様子が見て取れた。なんとも居心地の悪い環境下だったけれど、それでも貴重な体験をできたことに自然と笑みが零れる。

楽しそうにする折原くんを見ていたら目が合ってしまい、思わず逸らした。そしてまた、目が合っては逸らす。逸らしてしまうのは、その瞬間折原くんが笑顔になるからだ。何度も見てしまうのは、向けられる笑顔が綺麗で素敵な表情だったからだ。
そんなやりとりがあったことを、背を向けていた静雄は気付いていない。

そんな折原くんの笑顔を見たわたしの心臓は、昼休みが終わってからも暫くの間ずっと五月蝿く鳴っていた。

130305
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