04.

「ってててて、誰?!」

数日後の昼休み。二つ下の学年の教室が並ぶ廊下で見つけた、ある眼鏡の男子生徒の背後に忍び寄る。その青年の襟首をがしりと掴んで、ひと気の少ない場所へ移動していった。慌てて両手足をジタバタさせる眼鏡くんをクスリと笑い、解放する。恐る恐る向き合った彼が薄目を開いてわたしを視界に捉えると、ほっ、と何処ぞの不良生徒にでも絡まれたのではないかと心配していたようで、安心しきった息を吐き出した。

「なんだ名前さんか…」
「新羅くん、折原臨也にわたしのこと言った?」
「え?臨也に?――ああ、名前さんの名前聞かれたから答えたのと、話をしたいから何処にいるかと聞かれたので図書室にと」
この前よくいるって名前さんが言ってたのを思い出して、と新羅くんが人差し指を立てて笑顔で答える。やっぱり。溜め息をついたその時だった。
新羅くんの肩越しに静雄の姿を確認した。こんなところで新羅くんと話をしているのは明らかに不自然すぎる。慌てて新羅くんに静雄には黙っておいてほしいと告げて逃げようとしたけれど、あえなく静雄に見つかってしまった。
どうしよう。自然に、自然に。

「姉貴、新羅と何話してたんだ?」
「いやね、僕が以前ふぐっ」
「はは、何でもない」
早くも口を滑らしそうになる彼の口元を両手を以って全力で覆った。振り向くと明らかに疑いの目を向けてくる弟に対して、笑うしかできなかった。
その間、新羅くんは必死にわたしの手を引き剥がそうと手をかけている最中だった。苦しそうにもがく新羅くんを見て解放してやると、同時にぷはあっと言う声が聞こえてくる。
「まあいいけど、こんなとこいたらあのノミ蟲野郎に――「ノミ蟲野郎って、もしかして俺のことかな」

背中越しに声が聞こえてきた。気配を全く感じなかったが、振り向けばそこには確かに静雄のよく言う"ノミ蟲野郎"が満面の笑みを向けて立っていた。一触即発の事態に、思わず青ざめる。けれど、隣の眼鏡くんにはまるでその気配がなく、寧ろ楽しみなことが訪れたかのように表情はにこやかであった。
「名前さんこんにちは。この前はどうも」
「この前って何だ?あ?イザヤ君よぉ」
わたしが返事をするよりも先に、静雄が威圧的な声を投げつける。二人に挟まれた状況の中どうすることもできず、ただ視線を左右に動かすだけだった。流石の静雄でもこの状況下で暴れることはしないだろう思ってはいても、折原くんと出くわしていたことを話していなかったので後でなんと咎められるだろうかという心配で頭を抱えた。
「あれ?名前さん、シズちゃんに話してなかったの?」
尚も無視する折原くんに、静雄の顔が曇っていく。ギリ、と歯を軋ませ、ぴくりとコメカミが蠢いている。
「手前、姉貴に話しかけんじゃねえよ」
「何それ。名前さんに話しかけるのにシズちゃんの許可でも必要なわけ?うわあ、もしかしてシスコンってやつ?」
鈍い音と共に、廊下の壁にヒビが広がる。その中心には静雄の拳があり、それが見事に壁にめり込んでいて、パラパラとコンクリートの欠片が床に落ちている。
「いい加減に、しろよ?」
「あれ、図星?まあ、こんなに素敵なお姉さんなんだから仕方ないか」
くすっと笑った折原くんがわたしを一瞥する。それにどきりとさせながらも静雄に視線を戻すと、今にも折原くんに拳が飛んでいきそうな勢いだった。
「静雄落ち着いて、ね?」
「……チッ」
「へえ、やっぱりそうなんだ。シズちゃんが姉弟愛とはね。それはそれは素晴らしい」
その一言にぷつりと切れた弟を何とか新羅くんと二人で抑え込んだのは、言うまでもない。颯爽と立ち去る折原くんの後ろ姿をちらりと見て、何がしたかったのかと心の内で問いかける。

けれど、目の前で暴れんとする弟を宥めることに必死で、それ以上彼のことを考えることが出来ないでいた。寧ろ、明らかになってしまった先日の出来事をどう言い訳しようかということに頭が働いてしまっていた。

シスターコンプレックス

「で、何か話したのか?」
こうなることはわかっていたけれど、今までと逆の立場に多少の違和感を覚える。わたしが静雄に対して問い詰めることは多々あったが、このような事態になることは滅多にない。と言うか、記憶する限りでは初めてのことだった。
疚しいことがあって隠していたのではない。これは、静雄の為なのだ。何かあったら話せと言われてはいたものの、話したところで解決するどころか、静雄の怒りが頂点に達するだけであって互いに利益など存在しない。それに、そうなれば折原くんに静雄の拳が飛んでいくのは目に見えていた。それは少しばかり折原くんが可哀想だと思い、言うことができなかった。折原くん自身も、そうなるのはわかっていたはずだ。それなのに、わざわざそれを静雄の目の前で持ちかけてきたのは、わざと静雄を怒らせたかったのだろうか。でも、そんなことに何の意味が存在するのか、理解ができなかった。

黙ったままのわたしに痺れを切らした静雄の手に自然と力が篭って、手をかけていた屋上のフェンスがぐにゃりと変形した。
こうまでも姉であるわたしに過保護であるのは嫌ではなかったし、寧ろ喜ばしいことだった。けれど、それが今となっては仇になっている。今回ばかりは黙っていたわたしがいけないのだけれど。
さて、どう言い逃れをするべきか。少なくとも一部始終話して碌なことにならないのは目に見えている。ので、わたしは話さないことにした。
「特に何も話してないよ。偶然会っただけで」
「本当か?」
「うん。静雄に嘘つくわけないじゃない」
「……わかった」
静雄が素直な子で本当によかったと思う。けれど、ほっとしたのも束の間、またぐにゃりと変形したフェンスに今度は何だろうと冷や汗をかく。

「一辺あいつシメてくる」
思い立ったが吉日、といったところか。静雄は踵を返して校舎内へと戻っていった。止めたかったけれど、そうすれば何故だと怪しまれることになるだろうと思ったのでやめておいた。

ごめん、折原くん。

130301
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