02.

その日、静雄は制服をボロボロにして帰ってきた。心配するわたしの声も無視して、自室に入りそのまま篭ってしまった。
夕食を終え、入浴を済ませる頃になっても一向に顔を見せようとしない弟に痺れを切らし、弟の部屋の扉を開けた。そこには、真っ暗な部屋でベッドに横になる静雄の姿があった。

「ご飯、いらないの?」
「いらねえ」
起きているのか俄かに怪しかったけれど、静雄はその言葉にすぐさま反応して会話を拒むようにぴしゃりと断った。珍しく反抗的な態度になる弟に対し僅かに怪訝の念を抱いた。背を向ける静雄に大きく溜め息をつき、遠慮なく部屋に入り込む。
肩を掴むとびくりと身体が震えた。無理矢理自分の方へ向けさせ、弟が帰宅した時に見えた胸の傷を確認する。
「消毒しなきゃ」
「んなのしなくても平気だ」
「いいから、起きなさい」
そうして静雄を見下ろしていると、気だるそうに後頭部を掻きながら起き上がり、ベッドの端に座った。その傷に気付いていたわたしは片手に救急箱を持ってそこを訪れていた。消毒液を取り出し、それを湿らせた脱脂綿を傷口に当てていくと、静雄は時折苦痛の表情を浮かべた。恐らく傷が痛むというより消毒液が染み込んで痛むのだろう。一通り治療を終えて、最後にわざとその脱脂綿を強く押し付ける。びくりと身体を跳ね上がらせる静雄がわたしをギロリと睨みつけてきた。それを見て、安心して笑う。
「それくらい元気なら平気だね」
「乱暴なんだよ姉貴は」
「どっかの誰かさんとは違います」
「――るせえな」
流し目でわたしを再び睨んで小さく舌打ちをし、再びベッドへ倒れ込んだ。天井を仰ぎ見る弟が急に黙り込んで、眉間に皺を寄せる。いつもからかっているとはいえ、静雄自身もコンプレックスに感じていることを言うのはあまりよろしくないなと少しばかり反省をする。そうして困ったように見つめていると、弟と視線が交わった。何か言いたそうな目をしている。わたしが首を傾げると、静雄は迷ったように目を泳がせてから口を開いた。
「…姉貴、」
「ん?」
「あいつには、近付かない方がいい」
「え?誰?」
あまり口にしたくはないのか、なかなかその名を声に出さない。それでわかった。静雄が言いたい名前というのは、あの、わたしが訳もわからずに胸をときめかせてしまった相手だということが。

「…折原臨也」

口にしただけでも怒りが湧き上がってくるようで、静雄は握り拳を作って震わせた。わたしの頭には、何故静雄がそのようなことを言うのかという疑問が浮かび上がってくる。もしかして、わたしの気持ちがこの静雄にすら悟られるくらい露呈していたのかと心配し、動揺した。
「なんでそんなこと?」
気持ちを隠そうとはしたものの、思わず声が僅かに裏返ってしまう。けれどそのことには静雄は気付かず、眉間に皺を寄せたまま思い出すように話し続けた。
「あいつを追いかけ回してた時、執拗に姉貴のこと聞いてきてさ。なんかすげえ嫌な予感がするんだ。まあ、学年も違えし姉貴から近付くなんてねえと思うけど、一応」
わたしの動揺は、いい意味で裏切られた。静雄の言葉に安堵し、と、同時にまた疑問。どうして折原臨也はわたしのことをそんなに尋ねてきたのか。何を聞かれたのか気になるところではあったけれど、今の静雄を見る限りでは、これ以上折原臨也の話題を話し続けるのはよくないというのは明確だった。

そして、わたしのことを心配してくれる弟に対して嬉しさがこみ上げてくる。小さい頃からいつだって静雄はわたしのことを守ろうとしてくれた。だから、静雄の力は怖くない。静雄は決して誰かをわざと傷付けようとしてあの力を使おうとしているわけではないのだから。

「ありがと静雄」
「なんかあったら俺に言ってくれよ、マジで」
「弟に守られるほどわたしは弱くないよ」
「いいから。あいつ、ぜってえ危険だ」
「はいはい、じゃあそうします」
ぐしゃっと静雄の頭を撫でると、照れ臭そうに払われた。ガキ扱いすんなとばかりに口をへの字にしてわたしを見上げる静雄は、わたしの中ではいつでも弟だ。家族想いの、優しい弟。

「で、ご飯は?」
「……食う」




静雄がご飯を平らげているのを見ている間、先程の言葉を思い出した。――あいつには近付くな。一目惚れをしたとはいえ、弟にそんなことを言われてしまったからには何か行動に起こしたいという気持ちも起こらないというものだ。
どうしてあの時あんな気持ちになってしまったのか、自分でもわからない。けれど、静雄が懸念しているような事態には決してならないだろうというのはわかっている。

――ただ。見ているだけならいいかなと思ってしまったことは、静雄には内緒にしていた方がよさそうだ。

信号無視は罪に問われますか

130223
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