01.

高校生活最後の一年。弟が後輩として入学して早々、それは起こった。

聞こえたのは破壊音と叫び声。その音に、わたしは聞き覚えがあった。
教室中のクラスメイトが一気に窓際へと雪崩れ込む。校庭に広がる光景に悲鳴を上げる者もいれば、唖然とただそれを見つめる者、感嘆の声を発する者もいたけれど、それぞれの反応は少なくともわたしが聞いていて気分がいいものではなかった。そして、関心がないとでも言うように自席から腰を上げない生徒はいなかった。わたし一人を除いては。

そして、翌日になって知れ渡るのは騒動の中心にいた金髪の男子生徒が自分の弟であるということ。それがいい噂でないことに対しては今まで散々聞いてきたような内容だったので最早気にする事はなかったけれど、弟の怪我だけが心配だった。怪我さえしなければ弟が働く破壊行為も暴力行為も、咎めることはあまりしたくなかった。わたしは弟が好きでそのような行為を働いているわけではないことを知っていたから。


けれど、そんなある日。最早習慣となっている図書室での読書をしている時だった。また校庭で弟の暴れている音が耳に入る。そして、不自然に鳴り止むそのざわめき。本を探している最中だったわたしは、ちらと校庭を見下ろした。

弟が、ナイフを向けられている。

血の気が引くような思いをした。弟が屈強だということは知っていたけれど、流石にナイフを相手にどこまで立ち向かえるのかはわからなかった。

それからのわたしの行動は素早かった。階段を勢いよく駆け下り、校舎を飛び出す。しかし、先程までそこにいた筈の弟とナイフを持った男の姿がない。はたと校門の方に視線を向ければ、校門を潜ろうとする弟の姿が僅かだが目に入った。

「静雄!」

駆け寄りながら弟の背中に向かって大声を上げた。すると、ぴたりと足を止める弟。わたしの方へと振り返り、バツの悪そうな顔を寄越してきた。そして、その先でも同じように足を止めてこちらを振り向く人物がいた。先刻、弟にナイフを向けていた男だ。
「姉貴…。わり、」
歩み寄る弟。そして、ナイフ男。
「へえ、君、お姉さんいるんだ。なかなか可愛いじゃん」
陽気な声を上げるナイフ男に視線を向ける。その瞬間、時間が止まったような気がした。男はまるで面白いものを見つけたかのように嬉しそうな笑みを向けてゆっくりとこちらに近付いてきた。それは、決して純粋無垢なものではなかった。弟の横を素通りしてわたしの前に立つと、綺麗な顔立ちがハッキリと映し出される。眉間に寄った皺や瞳の奥の真っ赤で黒い輝き。それを見た瞬間わたしは恐怖を感じた。けれど、それと同時に恐怖とは全く別のものを確かに感じてしまった。これは、恐らく――。

「っ手前、このやろ…!」
弟の声で、現実に引き戻された。目の前にいた男は傍を離れ、再び校門を潜り抜けていく。後を追うように弟も駆け出していってしまったけれど、二度目は引き止めることができなかった。ただそこに立ち尽くして、二人が出ていった先を見つめていた。

「もしかして名前さん?」

振り返るとそこにいたのは、確か――。
「岸谷新羅です。小学校の時、静雄くんのクラスメイトだった」
「ああ、新羅くん!覚えてるよ、久しぶり。君もここに入ったんだね」
「ええ、お久しぶりです。それにしても静雄くん、厄介なのに目をつけられちゃいましたね」
苦笑と共に出てくるその言葉は、新羅くんがまるであのナイフ男のことを知っているかのような物言いだった。わたしが首を傾げると、彼はすぐにそれを説明口調で教えてくれた。

あのナイフ男は新羅くんの中学からの友人で、相当歪んだ性格の持ち主だと云う。相当やな奴なんです、と笑いながら話す新羅くんはそれほどあの男のことを嫌っている素振りを見せなかった。それならそこまで嫌な奴でもないのかなと疑問に感じた矢先、先刻の恐怖を思い出した。なるほどただのやな奴ではない。それだけはわかる気がする。

弟の危機を感じて駆けつけた筈なのに、そのことはもう頭にはなかった。ただただ彼の顔が思い出される度に鮮明に感じるこの想いが、敵対心など持つことを忘れさせていた。

急速に落ちてゆく

その男の名は、折原臨也。

130221
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