俺が起きると、彼女は家を出た後だった。眠い目を擦ってリビングに向かうと、いつものようにラップ掛けされた今日の朝食。最後に彼女とまともに話したのはいつだっただろう。

すれ違いの日々だった。喧嘩をしたわけでもない。好きでなくなったわけでもない。ただ、この現状に慣れてしまったのだ。この狭い部屋の中で俺たちが暮らし始めたのは会う機会が少なかった日々への救済措置だった筈なのに、以前よりも会話は減った気がする。長い付き合いだからそんな時期もあるだろう。さして問題視するようなことでもないだろう。けど、どんなに眠くても起きていておかえりと迎えてくれた彼女の姿を見かけることが少なくなった。同棲するまではどんなことがあろうとも声を聞くために時間を作っていたし、休みの日を合わせて二人の時間を楽しんだりもした。それだけじゃ満足できなかったからこうして部屋を借りた筈なのに、目的を果たしていたのは数ヶ月にも満たなかった。けど俺は毎晩見る彼女の寝顔を見て安心していたし、彼女の用意してくれた朝食を口にして顔を綻ばせていたのも事実だ。確かに彼女はここに存在している。

俺が早く帰ることだってあるし、休みを共に過ごすことだってある。それでも淡白になってしまった二人の生活に俺は孤独を感じることがあった。ただの贅沢な悩みかもしれない。けど、こうして大切な人が俺の傍にいてくれているのに直接感謝をすることも愛を告げることもまともにできていない状況に不満を覚えていた。あれほど求め合っていた筈なのに、今はその気持ちが薄れている気がした。

「あれ、今日休みだっけ」
「おう」
互いの生活さえも分からなくなって、遅くに帰ってきた彼女を出迎える。彼女はお腹すいたーと俺を見る素振りもせず靴を脱ぎキッチンへと消えていく。その背中は、遥か遠くにあった。
彼女は現状に不満はないのだろうか。今のままでいいのだろうか。俺だけが、そんな風に思っているのか。果たして彼女は俺のことが好きなのか。
「静雄ー、これ、食べていい?」
玄関に立ち尽くした俺に、彼女は顔だけを覗かせて言う。彼女のために用意した、夕食。何故かあまり食べてほしくなかった。
「いいけど」
極力彼女のためだと思われないようにしたかった。俺なりの防衛反応だったのかもしれない。俺ばかりが想って悩んで苦しんでることを悟られるのが怖かった。
彼女が夕食を食べている間に風呂を済ませ、それと入れ替わるように風呂に入った彼女の隙を狙ってベッドに横になった。
逃げていた。折角二人で過ごせる筈の機会を自分から捨てて、彼女から逃げていた。あれだけ不満を抱いておきながらまるで正反対の行動をするのは彼女の気持ちに触れるのが怖かったからだ。もし、俺との温度差に気付いてしまったら彼女が消えてしまいそうで。

暫くして、かちゃり、と扉の開く音がした。静かにそれが閉まり、静寂が訪れる。物音一つしなかったが、確かに彼女の気配がそこにはある。何をしているのかわからなかったが、狸寝入りをした俺には確認する術がなかった。少ししてから、床の軋む音が耳に入る。だんだんと近付いてくるそれが、俺の心臓を大きく高鳴らせる。背を向けた俺に、ベッドへ滑り込んだ彼女の身体が触れるのを感じた。意外な行動に動揺を覚える。湯上りの熱がじんわりと背中に伝わって溶けてしまいそうだ。
彼女がこうして俺を後ろから抱き締めることはあまりなかった。あったとしても結局俺がその腕を解いて彼女を胸に収めていたからだ。でも、今はこのままが心地良かった。

「静雄、起きてる?」

俺の二の腕に手を乗せて顔を覗こうとしているのがわかる。彼女の触れる全てが熱い。瞼がぴくりと震える。それでも俺は瞳を閉じ続けた。

「…寝ちゃったか」

残念そうな声と共に、彼女の体勢が元に戻る。俺の身体を細い腕で必死に抱き締めて擦り寄ってくる。嬉しいのに、でもなんでか応えてやることができない。そしてまた名前を呼ばれた。少しだけ寂しそうな声だった。

「好きだよ、静雄」

彼女の声が背中に響く。それはやがて全身に行き渡って俺の熱を急速に上げていく。そう言われたのは、いつ振りだろう。けど、振り返って彼女を抱き締めることも唇を落とすことも愛を告げることも俺はしなかった。今だけは、今夜だけは、彼女からの愛を背中越しに感じていたかった。

返事の代わりに少しだけ身を捩らせて、彼女の手にそっと触れた。

130126
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