「ひゃー、さみー!」

両足をジタバタさせ、両手をこすり合わせ、これでもかというくらいに震える。口元まで覆ったマフラーの隙間からは、吐く息の白が見え隠れする。そんな中、わたしたちは公園にいた。人気も少ない公園のベンチに腰掛け、何をするでもなくただ座っていた。燐があまりにも大袈裟に寒がるから、わたしまで寒くなってくる。余計に、という意味で。

「で、どうしたんだよ」
「別に…」
「はあ?!なんだよそれ、名前が呼び出したんだろ?」

そう、今ここにわたしたちがいるのは、わたしが燐のことを呼び出したからだ。理由も告げず、ただ来いと、早く来いと呼び出したにも関わらず、燐はやってきた。見慣れた制服姿ではなく、私服姿の燐。あまり見ない彼の私服に少しだけ胸を高鳴らせるばかりで、あまり会話という会話をしていなかった。
その沈黙に耐え兼ねたのかどうかはわからないけど、先ほどの燐の叫び声が耳に入ってきた。
用がないわけではない。寧ろ、あるからこそ燐をこの公園まで寒い中引きずり出してきたわけで。


実は、彼を呼び出すまで何時間もわたしはここにいた。何度も携帯の発信ボタンを押そうとした。けど、それができなかった。その理由はただ一つ。恥ずかしかったから。

次第に指の感覚がなくなって、固まって、携帯をいじるのさえ困難になってきた。近くの自販機で買った"あったか〜い"ミルクティーも、"つめた〜い"ものに変わった頃、また発信ボタンに手をつけた。覚悟を決めて押したわけではない。それはもう勢いでしかなかった。慌てて切ろうとしたけど、着歴が残ってしまうことに気付いてそれができなかった。ワン切りなんて、あまりにも失礼だと思ったし、折り返しの電話があったとしても出る勇気があるかどうかわからなかったから。

ただ某然と携帯の画面を見つめていると、繋がったことを知らせる秒数が映し出される。そこから僅かに聞こえてくる燐の声。暫く耳に当てることができなかった。だって、そんなに近くから燐の声を聞いたことがなかったから、普段遠くからでも聞こえてくるだけで心臓が五月蝿くなるのに、耳元で囁かれたりなんかしたら――。

自分でも馬鹿らしい考えだと思った。そんな気持ちを振り払うように、大きく首を振る。そして、ゆっくりと携帯を耳に近づけた。『おーい!』急に大きな燐の声が耳を貫く。それに僅かに動揺しながらも、わたしは声を発した。「あの公園に来て」『は?!』「いいから早く来て!」それだけ言って、無理やり電話を切ってしまった。あまりにもぶっきらぼうで一方的な会話を、彼はちゃんと聞いてくれただろうか。後悔の念が頭の中を渦巻く。一口、冷えたミルクティーを喉に流し込んだ。その行為が更に自分自身を冷静にさせ、わたしは大きく溜息をついた。

それから間も無くして燐はやってきた。わたしの無茶なお願いに文句一つ言わずに、わたしの隣に腰掛けてきたのだ。


「お前、寒くねえの?」
「寒いよ」
「ならどっか入ろうぜ、凍えちまうよマジで」
「や、いい」
「〜!あーさむいさむいさむい!」

手が震える。寒さなのか緊張なのか、最早わからなかった。その手ばかりを見るわたしに、燐も次第に大人しくなっていく。溜息を漏らした燐も視界に捉えることが出来なかった。ああ、やっぱりこの震えは緊張なんだ――。
すると、視線の先にあったわたしの手が、自分以外の手で包まれる。それは、間違いなく燐の手だ。思わず引っ込めようとした。けど、燐が強く握ってくるから動かすことが出来ない。あったかい。どうしようもなく、あったかい。

「つめたっ!なに、お前いつからここにいんだよ」
「うーん、一時間以上前?」
「は、馬鹿じゃねえの?!なんでそんな長いことここにいんだよ!」

風邪引くだろが!そう言った燐の手が離れる。すると一気に冷え込むわたしの手は、また少しだけ震えた。

「ほら、あったまれ」

乱暴にマフラーをグルグル巻かれる。わたし自身マフラーを付けていたから呼吸が苦しくなった。目元まで隠れてしまうんじゃないかというくらいに乱暴に巻かれたそれを、手でズラして燐を睨む。でも、正直さっきより何倍も暖かかった。

「…ありがと」
「…お、おう」

当たり前のようにお礼を言っただけなのに、何故か照れる燐を見てわたしも照れた。なんだろ、また暖かくなる。

「あの、さ。燐、」
「ん、」
「今日、なんの日か知ってる?」
「今日?ああ、俺と雪男の誕生日だ」
「正解」
「自分のことなんだから知ってて当たり前だろ?――なんだよこれ」

無言で差し出したそれに、疑問を抱く燐。なかなか受け取ろうとしないから彼の膝の上に置いた。恐らく阿呆面しているであろう燐を見ることが出来ない。でも、燐はそれが何か理解したのか黙って包みを開け始めた。そして――。

「あったけえ!」

ばふっ、とわたしの両頬を叩く。思わず声を上げたわたしに意地悪く笑ってまた、あったけえ!と一言。

「ならよかった」
「てか、え、これ、マジで俺にくれんの?」

包みを開けて更にそれを身につけてからいう奴のセリフじゃないでしょと思いつつも、小さく頷いた。するとまた、燐は両頬を叩いてくる――のではなく、優しく包み込んできた。一向に燐を見ようとしないわたしを見兼ねてか、そのままわたしの顔をぐいっと自分の方と向け、また一つ笑ってみせる。

「すげえ嬉しい、ありがとな名前」
「う、うん…」

思ったよりも顔が近い。ドキドキが止まらない。どうしよう、どうしよう、どうしよう。

「さ、寒いからもう帰ろっか」
「ん、名前がいいなら」

そうだった。呼び出したのはわたしだったんだ。思い出したかのように照れ臭くなる。でも、用事はもう済ませた。ここにこれ以上留まる理由はない。だから、意思表示するように燐を見て頷いた。すると、燐はつい先ほど送った物の片方を投げてくる。状況が把握できないでいると、つけろよと促す。片っぽだけじゃあんまり意味ないんじゃないかなと思いつつもつけると、それは既に燐の体温で温まっていてぽかぽかした。そして、空いた手の冷たさが余計に感じてくる。

「し、行こうぜ」

それは当たり前のように繋がれた。
冷え切ったわたしの手を掴み、自分のコートの中に収めると、満足げな顔をして歩き出す。つられてわたしも歩を進め、自分の手が収まっている先をただ見つめた。あったかい。というよりも熱い。どうしよう、今わたし燐と手を――。

「こうしたら俺も名前もあったかいだろ?」

やることは大胆なくせに、照れ隠しのように顔を背ける彼を笑った。繋がれた手を強く握ると、燐もそれに応えるようにさらに強い力で握り返してくる。

ねえ、ちょっとは期待してもいいのかな。

「おめでと、燐」
「ああ、さんきゅ」

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