冷蔵庫を開くと、昨日の夜までは確かに合ったはずの物が姿を消していた。犯人はもちろん一人しかいない。

「名前てめえ!俺の牛乳飲みやがったな!」
「飲んだけど、それが?」
「こんの、やろ…!」

思わず冷蔵庫に手を掛けた。ふと、幼い頃の記憶が蘇る。今の俺が形成された、あの出来事。あの時は牛乳じゃなかったが、丁寧に俺の名前を書いておいたはずなのにそれを取られたことがあった。

ダメだ。ダメだやめろ。抑えろ抑えろ抑えろ。いい大人が牛乳の一本や二本でムキになるんじゃない。しかも相手は名前だ。なんの力もないただの女だ。俺の好きな女だ。でも、ちゃんと名前書いておいただろうが!

「シズちゃん、それくらいで怒らないでよ」
「その呼び方すんじゃねえって何度も言ってるだろ?ああ?」

こいつは、俺のことをどうやら怒らせたいらしい。
喧嘩をするときに限って出てくるあだ名。俺の一番嫌いな名前の呼ばれ方。あの胸糞悪い笑顔を向けてくる臨也の顔が、頭の中で思い出される。

「だって可愛いからついつい呼びたくなっちゃうの」
「あのなあ…」

怒りを通り越して、呆れて物が言えなかった。
一度たりとも反省の色を見せないこいつに、俺はどうしてこうも振り回され続けるのだろう。自分でもそれがわからなかった。

「後で買ってくるから許して?ね?」

俺の両肩を掴んで背伸びした名前が、軽いリップ音を立てて俺の頬に唇を落とす。

――ああ、原因がわかった。
俺はこうやって甘えてくる名前が可愛くて仕方ないんだ。
だから、何度殴ってやろうと思うくらいの怒りが込み上げてこようが、最終的な名前の手段にまんまと嵌められてその気持ちが萎えていく。

名前はそんな俺をわかっている。
悔しいが、その行動は正解だ。

「ちゃんと買ってこいよ」
「わかったわかった」

まったく。
俺はどうしてもこの女にだけには勝てそうもない。

121218
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