「なあ燐。お前、名前のこと好きだろ」
「ぶっ!」
「きったねーなあ」

修行中に、不意にシュラがとんでも発言をした。俺の気を乱すための作戦だろうか。しかし、そんなことはどうでもいい。なんで、わかった。
シュラが何でもお見通しなんだよという意味の込められたにやけ顔を向け、俺はそれに怪訝な顔を返した。その間も止まないこいつの攻撃に、足を取られて転倒した。

すぐさま立ち上がろうとするも、シュラの魔剣が俺の喉元に宛てがわれる。くそ、また負けた。

「はいダメー。そんなことで動揺してるようじゃ聖騎士は一生無理ー」

ぎり…と歯を軋ませた。上から見下ろすシュラを睨みつけ、それに再びにやりとするこいつがめちゃくちゃ腹立たしかった。
第一、そんなこと言うなんて卑怯すぎるだろ。

「お前、感情を隠すことも出来ないのか」
「してるつもりだ。てか、何で知ってんだよ」
「バレバレだから。みんな知ってるから」
「ぅえ?!ま、まじかよ…」
「あー、本当に馬鹿だな」

やれやれと言った様子で魔剣を収めるシュラが、珍しく俺に手を差し伸べてくる。それに何の疑いもかけることなく握ると、思い切り投げ飛ばされた。
かろうじて壁に足を付き難を逃れたものの、バランスを崩して地面に落ちた。
な、何なんだよ急に!

「今のお前に一番必要なことだ」
「な、なにがだよ」
「感情を表に出さないこと。少しは大人になれ。わかってるのか?お前の弱点を悟られることは、お前の死に値する。それくらい重要なことなんだよ。第一、それが奴らに知れてみろ。真っ先に奴らは名前を狙うぞ。そんなこともわからないのか」

俺の弱みを握れば、奴らは必ずそれを利用する。それは今までに経験してわかってきたつもりだった。
だから俺にはそれを守り抜くことが出来るくらいの力がなきゃいけない。
でも、今の俺にはそれが無理だ。俺は自分の感情さえもコントロール出来ないで、周りを危険に晒してばかりだ。

「守り抜く力もないなら、人を好きになる資格なんてない。特にお前には」
「だから今必死にやってんだろが!」
「甘いんだよ、お前は。仲間でさえ人質に取られたら感情に振り回されてなりふり構わず行動するくせに、そんな感情を抱いている相手が――名前が危険な目に合ったとき、冷静でいられるとでも思ってるのか?」
「じゃあどうしろっていうんだよ!」
「単刀直入に言う。諦めろ」
「なっ…」

お前に人を好きになる資格はない。
何度も頭の中でこだました。ふざけんな、そんなのに資格も何もねえだろ。諦めろと言われて簡単に引き下がれる程度の気持ちなら、初めから持たない。

「今のところ、名前を守る一番の手段だ」

感情を消すことが彼女を守る最善策。
なんで。なんでそんなことしなきゃなんねえ。
名前くらい、守ってみせる。自信満々に言い返してやりたかった。でも、それができなかった。

正論だった。悔しいが、こいつの言うことは正しい。今の俺には感情をコントロールする術も、名前を守る強さも持っていない。奴らにとって、名前は俺をおびき寄せる為の餌になってしまうのは目に見えていた。
それでも、それでも名前への感情を抑えることなんて出来ない。消そうと思ってすぐに消せることでもない。

「どうしろってんだよ…」

俺は、俺の手で名前を守りたい。
諦めて想いをなくせばいいと、言うのは簡単だが、そんなことは出来るはずもない。

早く、強くなりたい。
気持ちばかりが焦る一方だった。

121216
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