くしゅん!

朝からくしゃみが止まらなかった。
今日はイリーナとエッジの調査なのに、もしかしたらこれは。

「名前先輩、大丈夫ですか?」
「ん…?」
「いや、さっきから先輩フラフラっすよ」
「そ、そんなことない!」

ほら!と背筋を伸ばしてにっこりする。けど、次の瞬間目眩のような感覚が襲ってきて足元がふらついた。イリーナが慌ててわたしの傍に寄って支えてくれたけど、頭のふらつきがひどく、眉間に皺を寄せた。

「せ、先輩!今日はもう帰りましょう」
「大丈夫、だから続けましょ…」

イリーナから離れて、一人で歩く。
視界がめまぐるしく回ってる。体は重いし、頭の奥の方が痛いし、なによりも熱い。心配するイリーナの声は遠く、聞き取るのも難しい。だんだんと苦しくなって呼吸も上がる。
ああ、なにこれ。どうしたのわたし。




「風邪だな、と」
「…最悪」

結局一人で歩いていることができず、ヒーリンに連れ戻されたわたし。
わたしが今日行なうはずだった調査をルードが代わりに引き受けてくれ、今再びイリーナと向かっている。

ここ最近風邪なんて引いたことがなかった。というか、なっていたとしても認めないでやり過ごしていた。けど、今わたしに襲ってくるこの忌わしきウイルスは、いつも以上にわたしを苦しめた。こんなものに負けてたまるかとベッドから起き上がろうとするも、うまく力が入らずに志半ばでベッドに倒れ込んでしまう。

「そんなんで動こうとするなって」
「いや、でも任務…」
「だから代わりにルードが行っただろが」

自分の体を労ろうとしないわたしに一つ溜め息をついて、レノは傍の椅子に腰掛けた。ああ、レノが見張り役ってことね。

「お前はホント、任務任務だな、と」
「任されたからには、全うしないと…」
「熱心なのはいいけど、もっと自分を大切にしろよ」

名前はいつもいつも…と続くレノのお説教を余所に、わたしの頭の中では罪悪感でいっぱいだった。わたしが倒れたことでみんなに皺寄せがいってる。代わりに駆り出されたルードも、レノと確か任務があったはず。それをやめてまでも優先させるべき調査だった。円滑に事を運ぶには、全員がしっかりと動かなければいけない。それなのに、わたしはこんなところで横になってる。

レノだって任務に出るべきなのに、きっと主任の言いつけでここにいるのだろう。わたしを優先させるなんて、滅多にない事だから。

「おい名前。聞いてんのか、と」
「え?」
「…ったく。心配してるこっちの身にもなれ」

ぺち、と軽く額を叩かれる。

「いた」
「俺の心の痛みはこんなんじゃないぞ、と」
「なに言ってんの?」
「だから…マジで心配だったんだって」

レノの手が熱の篭ったわたしの手に触れて、きゅっと握る。怪訝な顔を向けたかと思ったら切なげな表情に変わって自分の唇をわたしの手の甲に寄せた。滅多に見せないレノのそんな表情にどきりとして、初めて自分が無理し過ぎていることを反省した。
周りのためだと思っていたけど、そのことでこうやって苦しそうな表情をする人がいるって事を、わたしは忘れていた。

「ごめんなさい…」
「謝る必要はねえよ、と。ただ、キツイなら俺たちに言えって。名前のカバーならいくらでもするから。チームワークが売りのタークスだろ?」
「そう、ね」

イリーナ、ルード、主任、そしてレノ。
わたしの大切な仲間は、いつだって仲間の事を考えてる。
今までたくさんの任務をこなしてきたけど、わたし一人じゃきっと無理だった。みんながいたから、わたしは今もここにいる。

「ただ」
「ん?」
「一番は俺に知らせてほしいけどな、と」

空いた手が、わたしの頬を撫でる。それが心地良くて瞳を閉じた。
気怠さが残る中でその温かい手が触れていると、一気に眠気が襲ってくる。

不意に、唇に温かくて柔らかいものが触れる。ゆっくり目を開けると、レノの真っ赤な髪の毛が視界に入る。

「…うつっちゃうわよ」
「名前が楽になるなら、それでもいい」

にんまりと笑ったかと思うと、もう一度重なり合う。
レノの声に甘えて、わたしは何度も彼に触れた。

たまには甘えて、ゆっくりしてよう。
こんな風にレノと静かな時間を過ごす事ができるなら、風邪も悪くないかな。

そう思いながらレノに微笑みを向けると、それに応えるようにレノの口元も緩んだ。
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