「おい名前。今夜付き合えよ、と」 "八番街の広場に来い、私服でな" そう告げてレノはわたしの返事も聞かずに行ってしまった。新しい任務?私服ってことはタークスってバレないように潜入捜査とか? なんかちょっとワクワクした。 11月も半分を過ぎて、季節はそろそろ冬を迎え入れていた。夜になれば風がとても冷たくて、触れる肌が痛くなる。 タークスの制服を纏わないでレノに会うのは初めてだった。 風を防ぐようにマフラーを巻き、口元も隠す。八番街は既にクリスマスモードに入っており、イルミネーションがあちこちで装飾され、街全体が賑やかな様子だった。 あ、初めてかも、ここのイルミネーション見るの。 毎年運悪く任務で八番街を訪れることがなかったわたしは少しだけ気分が高揚した。彼氏がいなくたって、こういうイベントは気持ちが明るくなって、楽しい。 街に溢れるのは仲睦まじい男女ばかりで、わたしもその中の一人みたいだと錯角を覚える。こんなところで彼氏と待ち合わせして、一緒にデートしたいなあ。 でも、今日の相手は生憎仕事仲間のレノで。しかもデートなんて色気のあるものじゃない。詳細は聞かされていないけど、わたしたちの間にそんな空気は一切ない。 待ち合わせの時間ぴったりに広場に着いた。けど、たくさんの人で賑わっていてレノを探すのに苦労した。 いくら探しても見つからない。うーん、レノもきっと私服なんだろうな。そういえば、レノの私服も見たことがない。どんな格好してくるんだろう。気持ちはないにしても、レノは容姿がいいって思うし、結構もてはやされてる方だから服の趣味もきっといいんだろうなと勝手に想像を膨らませる。 せっかく時間ぴったりに来たのに見つからなかったら遅刻も同じだ。 焦って目印の赤い髪を探す。ふらふらと広場を一周しても見当たらない。もしかして、言い出した本人が遅刻とか?あり得る。 「よ、」 後ろから聞こえた聞き覚えのある声に振り返る。 そこにはいつもとは違う、レノがいた。 そのときなんでか一瞬鼓動が高鳴って。あ、かっこいい。純粋にそう思ってしまった。ハットまで被ってお洒落して。 もしかして、バレないように? でも、誰に? 「ちゃんと私服で来たな、と」 「ねえ、なんなの?潜入捜査?」 「いや、違うぞ、と。でも、まあ、間違っちゃいないな」 レノが遠くに視線をやる。わたしもつられてその方を眺めると、よく知る人物がいた。 ルード。なにしてんだろ。 彼も彼で、タークスのスーツを脱いで自前のスーツを纏っていた。さほど普段とは変わらないけど、少しだけ気合いの入っている感じだった。 広場にあるベンチに一人で座っている。一体何事? あ、もしかしておとり捜査とか。 ルードをおとりに使ってわたしたちがターゲットを捕まえるとか。 「あいつ、今日初デートらしいぜ」 思いも寄らない言葉が飛んできた。 レノの方を疑いの目で見ると、それはもう楽しそうに自分の相棒を見つめていて。 ああ、なるほど。 詳しく聞くと以前ルードが一人で飲んでいたときに知り合った女性らしく、ルードが彼女のことを気に入ってしまって。今日なんとか二人で飲みにいく約束を取り付けたらしい。 意外と大胆なことするのね、ルードも。 それにしても、こいつ。 「レノ、悪趣味」 「相棒の恋の行方を心配する優しい奴ってとこだぞ、と」 「…はいはい。ほんと好きだよね、そーゆうの」 「だって楽しいだろ?」 くくっと楽しそうに笑うレノ。 まあ確かにあのルードが女性相手に、しかも気に入った女性に、どんな風に接するのか気になるところではあった。けどここまでする? 私服に着替えてバレないようにしてまでそんなに見たいの? 一人でやればいいじゃない。 「こんなとこ、一人でいたら怪しいだろ、と」 言われてみれば、そうかもしれない。 周りは男女ばっかりだし、わたしが一緒にいたらレノもそのうちの一人になって気配が消える。あ、ハット被ってるのもそのせいか。赤い髪、レノくらいしかいないもんなあ。 暫くこそこそとルードが行動に移るのを待ちながら、広場の真ん中にあるツリーを遠目に見ていた。綺麗だなあ。こんなに素敵なツリー、見たことない。隣にいるのがレノってのがあれだけど。しかもここにいる理由が同僚の恋路を見守るっていうのもまた。 でも、なんにせよ綺麗なものは綺麗だ。もうちょっと近くで見たいな。 こつん、とレノの肘がわたしの体に触れる。何かと思えば、レノはルードの方を見るように顎で指示して、その口元は意地悪く笑っている。 見えたのは、ルードに近付く金髪のすらりとした女性。大人な女性だった。彼女を見つけたルードが慌てて立ち上がり、彼女が座ろうとするベンチの埃を払ってあげてる。ふふ、なんか可愛いルード。 微妙に距離を空けて座る二人。ルードはもう、俯き加減で彼女の方なんか見ていない。 そんな様子の彼に、彼女は気品の良い笑いをしているように見えた。 それがわたしから見ても美しくて、この広場に広がるイルミネーションみたく輝いていて。 「…綺麗な人」 「普通じゃね?」 「あんたはとっかえひっかえだから麻痺してんのね」 「失礼だな、それ」 少しの間彼らの動向を見ていたが、一向に行動に移す気配がない。 ちょっと飽きてきた。 ルードも落ち着いてきたのか、彼女の方をしっかり見て話しているようだった。あの口べたなルードがどんな話をするんだろう。とても気になった。気になったけど、ここからじゃ聞こえない。ああ、暇だなあ。 レノに比べてわたしは一般人寄りだし、ルードに気付かれることもないだろう。 ねえ、とレノにお願いしてツリーを近くで見せてもらおうと思った。そしたら二つ返事でオッケーをもらえて、嬉しくなって浮き足立ってツリーに近付いた。 「近くで見ると迫力あるなあ」 「あんまりはしゃぐとバレるぞ、と」 レノも一緒になってツリーの傍まできて、はしゃぐわたしを少し呆れ顔で見る。でも、綺麗なんだもん。首が痛くなるくらいに見上げなきゃ頂上の見えないツリーなんて初めてだから凄く興奮した。 それに少しくらいはしゃいだってルードにはバレないだろう。 だって。 「ルードは彼女に夢中だから。ほら」 「…ほんとだ。おもしれえ」 ツリーの横から顔だけを出して、彼らの様子を覗く。とても楽しそうで、なんだか心がほんわかした。 いいなあいいなあ、わたしも恋したいなあ。いつか見れるかなあ、素敵な人とこのツリー。まだ出会ってもいないその人に期待を膨らませ、再びツリーを見上げる。そのときが訪れるのが楽しみでしかたなかった。 急に、視界が、ぐわんと乱れる。 「きゃっ!」 一瞬何が起こってるのかわからなかった。 気が付けば駆け出していた足。 手首に痛みを感じて、見ると掴まれている。レノに。 わたしを引きずるようにして、広場を走り抜けるレノ。何が起こってこうなっているのか、全くわからずただただ足を取られないように必死についていくしかなかった。 着いた先は路地裏で、わたしを隠すようにレノが広場を覗いている。 「な、なにす…」 「静かに」 その声に暫く黙って、呼吸を落ち着かせた。なに、なんなのよ。掴まれた手首が痛い。いつまで経っても離れないその手。不覚にもどきりとした。レノに触れられたのはこれが初めてで。つい、意識してしまった。 その広い背中を見つめて、また心臓が鳴る。なにこれ、どうかしてる。 「…あぶね、気付かれるとこだったぞ、と」 広場を見ると、ルードと彼女の姿。 先ほどまでわたしたちがツリーを見ていた場所を歩いて、どこかへ向かっている様子が映った。 ふう、と溜め息をついたレノがわたしを解放してしゃがみ込む。 そんなレノを見るよりも、掴まれていた手首が気になって。擦りながらそれを見つめていた。 「…あ?名前、どうした?」 「な、なんでも…」 どうしてか、レノが直視できない。 「おい、そろそろ行くぞ、と」 「え、待って…!」 いつの間にか路地裏を出ていたレノが、わたしの方に振り返る。 ここから見るとイルミネーションの光がとても眩しくて、レノが輝いているように見えた。 でもきっと、それは気のせい。 こっそりとさりげなく二人の跡を追う。 わたしたちにとっては日常茶飯事に行なってることだからそれは簡単だった。普段は警戒心のあるルードだって、今日ばかりはそれが緩んでいたようだった。 気付けば二人は小綺麗なバーの扉をくぐっていた。入ったのを確認して、暫くしてからわたしたちも室内へと入る。 辺りを見回すと、ルードと彼女はカウンターでお酒を嗜んでいた。 それが見える位置のテーブルに腰掛けて、二人の後ろ姿を肴にわたしたちもお酒を注文した。 こーゆう尾行って、なんだかちょっと楽しいかも。 運ばれてきたカクテルに口を寄せる。 それがあまりにも美味しくて顔が綻んだ。 「これ美味しい」 「どれ?くれよ、と」 「ん、いいよ」 何の躊躇いもなくレノに差し出して、気付いた時には遅かった。 わたしが触れたグラスに、レノの唇も触れる。 その様子がやけにスローモーションで映って、またおかしな気持ちになった。 間接…。 なに馬鹿なことを考えてるの。 ほんと、馬鹿。 首を振っておかしな気持ちを取り払う。 一口飲んだレノがグラスを見つめて、へえ、と感心している。 「うめえな」 「でしょ?」 返されたグラスになかなか手をつけられなかった。けど、もったいないので意を決して飲んだ。そのせいで、頭が少しだけ揺らいだ。 何杯かお酒を嗜みつつ、ルードの様子を確認してはレノとはどうでもいいような話をした。イリーナが最近主任に対して積極的になってきたこととか、その主任がこの前イリーナのことを食事に誘ってたことだとか。ルードが彼女のことを相談してきたときの様子だとか。 人の恋の話は失礼ながらも面白かったし、身内だから余計に微笑ましく感じた。 大分時間も経ち、酔いが程よく回ってきた頃。 ふと見ると、彼女がルードの肩に頭を預けていた。 「ルード、なんかいい感じね」 「だな。くくっ、明日いじり倒してやるか、と」 「可哀想なルード」 可哀想だけど、それに混じりたいかも。 それにしてもいい感じ。 大人の雰囲気を纏ってる。 素敵すぎて、見とれてしまう。 頬杖をついて、暫く二人を見つめていた。あんな風に絵になる男女も珍しい。ルードがそのうちの一人になるなんて想像もしてなかった。 あまりにも意外すぎて、レノの言う通り面白いかもなんて思ってしまった。 ああ、酔ってるかも。少しだけ、眠い。 「なあ…」 「何?」 不意に投げかけられた言葉の方に視線を映して、眠くてとろんとした瞳をレノに向けた。彼の意識はハッキリとしているらしく、いつもと同じ、いやそれよりも、視線が鋭かった。 あれ、なに、ちょっと真面目モード? 「これ、デートみたいじゃねえ?」 「…?これって?」 確かにルードと彼女はもうそんな雰囲気だった。でも、初めからデートじゃなかったっけ?あれ?ん? にんまりと口角が上がるレノ。とっても楽しそう。 「俺と名前」 「ばっ…!」 突然の発言に目が覚めて、思い切り体を起き上がらせた。 わたしとレノが、デート? いや、まさか。そもそもそんなつもりで来たわけじゃないし。私服を着込んでデートスポットで待ち合わせしたけど。ツリーとかイルミネーションとか、一緒に見たけど。手首握られて走ったけど。ルードたちを付けながら、二人で賑わう街を歩いたけど。 お洒落なバーに入って、一緒にお酒飲んで、間接キスまでしたけど。 ……あれ。 それから先は何も考えられなかった。というより考えたくなかった。 気持ちが明らかに動揺している。お酒の力のせいか、今のレノの発言のせいか、わからないけど心臓がばくばくと大きな音を立てて鳴っている。 違う、これは、デートなんかじゃ。 「なーに照れてんだよ、と」 「照れてない!」 「お前、嘘下手過ぎ」 黙ってしまった。肯定してしまったも同じだ。 何か反論しなきゃ。そう思っても思考が追いつかなくて言葉が出てこない。幾ら考えようとしても視界にちらつくレノが邪魔をして、何にも考えられなくて。もう、頭がおかしくなりそうなくらいに熱くなって。 これはお酒のせいだと思いたかった。 「なに、マジで照れてんのか、と」 「し、知らない!」 「ふーん…。それよりも名前、」 「なによ…」 両肘をついて、手の甲で自分の顎を支えるレノ。 そこにある笑顔は意地悪なんだか無垢なのか、わからないほどにわたしは混乱していて。もうこれ以上レノの顔が見れない。俯き加減になって視線を逸らしつつ、彼から放たれるであろう次の言葉を待った。 それは、 たしかに、 わたしたちのはじまりの合図で。 「次のデートはいつにしようか」 (ルードの恋模様なんて口実で、本当はお前と二人になりたかったんだ) (相棒の相手がどんな女だったかも覚えちゃいねえ。お前のことしか、見てなかったから) 121114 |