任務が終わり神羅ビルに戻ると、見慣れた女の姿が目に入った。

お、名前だ。
…誰だ、あの話してる男。

面白くなかった。
俺たちタークス以外の奴と関わってる名前の姿なんて滅多に見たことがなかったし、そんな姿を見てると、なんだか世界が違う人間のように見えて。

少し、遠く感じてしまった。

「よお、名前」
「ん?ああ、レノ」

会話を割るように名前の肩に腕を乗せて話しかける。男を見ると、ほんの僅かだが表情を曇らせた。それを見て、俺は優越感を覚え口角が自然と上がった。

「任務だ。行くぞ、と」
「え、ほんと?わたし聞いてないんだけど。…ってことで、じゃあまたね」

肩を組んで奪うようにして名前をその場から離した。立ち去り際に振り返って男を見ると、先ほどよりも不機嫌そうにしながら俺たちを見ていた。俺と視線が合うと、慌てて逃げるようにして去って行く。
くくっ、おもしれえ奴。

「ちょっとレノ、離れてよ」
「ん?ああ、いいじゃん」
「ダメ、離れて」
「んなこと言うなって」

そのまま肩を抱きながらエレベーターに乗り込み、運よく二人きりだったので頬に口付ける。
すると、名前の厳しい目が飛んできた。

「おーおー、怖いぞ、と」
「ここはどこでしょう?」
「エレベーター」
「違う、職場。わかる?公共の場」
「だからなんだ、と」
「プライベートじゃないんだから、こんなことしないで」
「んだよ、俺とはいちゃつきたくないってか?」

ぐっとさらに名前を抱き寄せて、顔を近づける。離れようと抵抗する名前を抑えようとさらに力を込める。

「"俺とは"ってなによ、"とは"って」
「さっきの男」
「ただ話してただけじゃない」
「じゃあ俺とも話そうぜ」

お互いの吐息が掛かるくらいまで自分の唇を名前のそれに近付ける。
向き合う形になり、空いている腕をするりと腰へ回した。
たじろぐ名前の肩を掴み壁に追いやり、両腕とも腰に回して、足の間に自分の足を入れてわざと身体を密着させる。

「ほら、名前…話そうぜ」
「…ちか、い」
「そうか?いつもこんくらいだぞ、と」

ヤッてるときはな、と耳元に唇を持っていって囁くと、名前のビンタが頬に飛んできた。

「ってえ!本気でやるかよ、と」
「レノが変なこと言うからでしょ!変なことを!」

隙をつかれ名前が俺の腕から逃げる。
離れた名前は相変わらず俺を睨みつけ、ご機嫌斜めだ。
なんだよ、本当のこと言っただけじゃねーかよ、と。てか、痛え!

「…任務とか、嘘でしょ」
「ちっ、バレたか」
「ちっ、じゃないの!なんなのよ…」

少しくらいわかれよ。
それともあれか、俺がヤキモチとかそんなもん妬くわけないとか思ってんのか。名前があんな奴にその気があって話してるわけないってのは言われなくてもわかってんだけど、無性に腹が立つ。

そんな時間があるなら俺の相手しろ。
俺のもんなんだから。

「名前は俺の女だろ、と」
「そうだけど、全部はあげられないよ」
「…くれよ」

再び名前の傍に寄る。
顎を持ち上げて、戸惑いの視線を向ける名前に優しく唇を落とす。

「俺に名前の全てをくれよ、と」
「そ、んなの…無理」
「俺もやる。名前に全部やるから。俺の知らない名前なんて、もう見たくもないぞ、と」
「レノの、知らない?」
「名前が俺と面識のない奴と話してんの初めて見て、俺の知らない名前がまだいたってのが、悔しかった。俺は名前のことが知りてえんだよ、と。全部、なにもかも」
「レノ…」

すると、戸惑う名前の視線が喜びの視線に変わった。

名前の腕が、先ほど言っていたこととは裏腹に俺の首に回る。それを受け止めるように再び腰に腕を回す。それに喜びを感じながら名前はにっこりと笑う。
ゆっくりと近付いてくる顔。目を閉じて色気のある表情。半開きになった口。それに合わせて俺も開いて顔を近付ける。

合わさる唇。咥内で触れ、いやらしく絡み合う舌。名前を確かめるようなゆっくりと舌を動かす。時々名前から溢れ出る唾液を吸い取り飲み込む。名前が俺の中に流れ込む。
下半身が異常なくらい熱くなり、疼く。ぐぐ、と押し当てるようにして腕の力を込めて密着すると、名前の腕の力も強まった。

荒げる息を抑えながら、時々声として漏らしながら、何度も角度を変えて名前を求めた。歯列をなぞるど僅かに名前の身体が跳ね上がる。

「…っ」

抑えられなくなって、名前を壁際に追いやった。首筋を舐め上げると、甘美な声が耳に入り、名前の身体を弄った。

「は…んっ…レノ…」
「…エロ」

誰もが目に入れるであろう場所に俺の印を残す。朱くなった名前の肌を見ると、ぞくりとした。
誘うような目で見てくる名前の瞼に唇を落として目を閉じさせる。

…これ以上そんな目で見られたら我慢できねえ。

そのまま唇を移動させ、貪るように口付けをした。

「んんぅ、は…あ…っ」
「…名前、かわいいぞ、と」
「や、もう、ダ、メ…」
「体は嫌がってねえみたいだけど?」
「でもこれ以上は、もう…」





…チン





わずかに耳に入った機械音に、俺たちの動きが止まる。
瞬間、名前が息を荒げながら俺を思い切り突き飛ばした。

「って、名前なにすん…
「…何をしているレノ」

聞き覚えのある声が後方から耳に入り、一気に顔が青ざめる。

恐る恐る振り返ると、そこには腕を組んでいる、俺の上司。

…げ、しゅ、主任。

主任は、ついさっきまで二人きりだった空間に入り込む。
助けを求めようと名前に視線を寄越すも、生憎彼女も味方にはなってくれないようだ。…はあ。

「レノ」
「な、なんすか」
「相当仕事がしたいようだな」

「は、はは…」

つまりは罰として残業しろと、そういうことかよ、と。

くそ、別にいいじゃねえかよ、好きな女と愛を確かめ合ってただけじゃねえか。って、半ば強引に俺が襲いかかったようなもんだけど、名前だってまんざらでもなかったわけだし、同罪だろ、と。

「頑張ってねレノ」
「なっ、名前てめえ…」
「なにかな?レノ」

ニコニコと笑う名前の目の奥は全く笑っていなかった。
そこはよ、手伝おうか?とか、そーゆう心優しい一言くれてもいいんじゃねえ?

てか、主任空気読めなすぎ。
そこだよマジで。
いい感じだったのによ、と。

「何か言いたそうだな、レノ」
「へ?!いや、なんでもないっす…」



オフィスの階に着くまでの時間が異常に長く感じた。重々しすぎる。

げんなりした俺を余所に、名前は少しばかりか意地悪く微笑んでいる。
まるでご愁傷様とでも言いたげな目を向けられ、心の中で舌打ちをした。


ようやくエレベーターが目的の階に着いた。
初めに降りる主任の後を着いていくように、名前が続いていく。

その後ろ姿にやれやれといった様子で頭を掻いて、名前の隣に追いつくように足を早めた。

「名前、後で覚えてろよ」
「え?なんのこと?」

しらばっくれた名前の表情はこれでもかというくらい晴れやかだった。




オフィスに戻ってからの名前はやけに上機嫌で、さっさと仕事を終わらせ、さっさと退社の準備を始めた。
俺はというと、そんな名前の様子に気を取られて、目の前の報告書に手をつけられないでいた。しかも傍では主任の厳しい監視の目が時々飛んでくる。仕事をしてる振りをしながら名前を見て、終わったらどうしてやろうか考えていた。
あの男のことと言い、名前には少しお仕置きが必要だな。

しかし、これは…。
目の前に積まれた書類を見て溜め息を漏らす。
ぱらぱらをめくっては何時のかも覚えてない資料も時々目につく。
…これは時間が掛かりそうだぞ、と。

「レノ、じゃあね」

目の前にやってきた名前がとびきりの笑顔を見せて俺の顔の前で大げさに手を振る。
いつもなら好きなこの顔も今日ばかりはむかついてくる。
うざったそうに手を払って、じとっと名前を見つめた。

「おいおい、マジで帰んのか」
「なんで一緒に残るの?」
「泣くぞ、と」
「見てみたいけど」
「…あーもう、先帰ってろよ、と」
「はーい」

ワントーン上がった声で返事した名前はそのままオフィスを後にした。
くそ、マジで覚えてろよあいつ。

早く帰りたい。
しかし、名前にどう仕返ししてやろうかと考えるばかりで、手は進むわけもなく。
名前の言うこと聞いてりゃこんなことにはならなかったかもしれないが、あれは確実に名前がいけない。
俺の気持ち、帰ったらたっぷりと思い知らせてやる。


「終わるまでは帰るんじゃないぞ」
「…へいへい」

現実に引き戻され、俺はまた溜め息をついた。

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