「で?天下のクラウドさんが俺になんの用だよ、と」 「…帰る」 「おいおい、そりゃねえだろ、と。折角テメェなんぞのために時間作ってやったのに」 「…」 突然クラウドから電話があって呼び出しを食らったかと思えば、帰るという始末。全く、意味わかんねえぞ、と。 ルードとこれから一杯引っ掛けようとしてたのによ。 「俺だって忙しいんだ。早く言えよ、と」 「…名前が」 「あ?あの嬢ちゃんがどうかしたのか」 「…いや、そのだな」 「あ〜!もうなんなんだよ、と!イライラすんなあ!」 「なんでなのか、わからないんだ」 「は?」 クラウドの野郎がなかなか口に出さねえから、まるで誘導尋問でもするかのように色々話を聞いてった。 てか、なんで俺がこんなことしなきゃならねえんだよ、と。お人好しにもほどがあんだろ。 なかなか進まない話にイライラしながら一つ一つの返事を繋げていくと、どうやらこいつはあの嬢ちゃんのことが好きらしい。 …だからなんだよ。 「それで、好きって伝えたのかよ、と」 「は?!俺は別に好きだなんて」 「ばーか。そーゆうのを好きっつーんだよ。気付いてなかったのか?」 「…っ」 どうやら本気で気付いてなかったらしい。言葉を失って俯くクラウドが妙に可笑しかった。マジでこれ傑作だぞ、と。 「おら、これでうじうじしてた理由も分かっただろ。おしまいおしまい、と」 「…そうか」 「あ?」 「いや、俺はただ、あの危なっかしい名前がただ心配なんだと思っていた。でも、それで解決しなかったんだ。 そうか。好き、か…」 おいおい、マジかよ、と。どんだけ鈍感で頭のわりぃ坊ちゃんなんだよ、と。ま、そこんとこ踏まえたら、俺に聞いて正解だな。 余計なことまで教えてやりてえけど、まだこいつには刺激が強すぎるかもしれねえな、と。 「授業料としてだな、酒の一杯でも奢れよ、と」 「ああ、そうだな…」 こんな初心な恋愛をしてる奴もまだいるんだなと感心しつつ、面白えことがもっと聞けるんじゃねえかって思って、礼をさせる程で俺はクラウドを飲みに誘った。 いや、昔だったら絶対こんなことなかったぞ、と。 変わったもんだな、世界は。 ** それから数日、クラウドは世界の各地を回っていた。自分の気持ちに気付いたのだから、名前に会いたくて堪らなくなっている筈なのに、それが仇となって帰れなくなっていた。 何度も鳴る電話。暫くして確認すると名前からの留守番電話。 電話越しの録音された声を聞くだけでも、クラウドは気持ちが落ち着かなくなり、また、メールが来てもどう返事をしたらよいかわからずにいた。 けれど、たまにくる彼女からの連絡に喜びを感じ、携帯を放っておくことができなかった。 しかし、そうしてるうちに益々帰りづらくなっていった。 連絡もろくに返さずに戻ったら彼女はきっと怒るだろう。だからと言って連絡はできない。 「はあ…」 出るのはため息ばかり。 いつまでもこうしているわけにもいかない。 日に日に名前への想いが募っていって、胸が張り裂けそうになる。 解決すると思っていた悩みも別の悩みに変わり、どんどん膨れ上がっていく。 それと共に様々な欲望が生まれてくる。 名前に触れたい。 常に自分の傍に置いておきたい。 自分のものにしたい。 今まで経験したことのない感情に、戸惑いを隠せないでいた。 こんな自分を、名前はどう思うだろか。 もしかしたら嫌がられるかもしれない。 考えても無駄なことばかりが頭を廻って離れようとしない。 伝えなければ、何も始まらない。 ** 『…名前?』 ノックと共に、クラウドの声が聞こえる。 その声に胸が飛び上がった。 まだ、顔見たくない…。 そう思いつつ、ベッドにうつ伏せになって枕に顔を埋めた。 でも、そのまま返事するわけにもいかないか。 「…なに」 『入っても、いいか』 なによ、入るなら入るで勝手にすればいいじゃない。 かと言って勝手に入ってこられても困る。だって、どんな顔したらいいのかわからない。 苛立った勢いで部屋に戻ってきてしまったものだから、絶対に気まずい。 「勝手にすれば」 可愛げもない言葉が声に出る。 ティファならきっと黙って帰りを受け入れてるに違いない。こんな自分が嫌だった。クラウドに対してなんでこんな態度を取ってしまうのかもわからない。 暫く時が止まったかのように何の音もしなかった。 クラウドが部屋に入ってくるわけでもない。でも、立ち去る気配もない。 もー、早くしてよクラウド! 心の声がまさか聞こえてしまったのかと驚くくらいタイミングよく扉が開いた。 ハッとして扉を開けた主の方を見上げるが、どんな表情をしたらいいのかもわからないからまた枕に伏せた。 「名前」 「なに」 「俺を、見てくれ」 とくん。 思いも寄らない台詞に心臓が反応した。 その言葉に負けてゆっくりと起き上がる。 ベッドに腰掛け、立ち尽くすままのクラウドをわたしの隣に座るように目で合図した。 最初は躊躇った様子でなかなか口を開かない彼だったけど、急に表情が変わって話を始めた。 「この何日か、あることを考えてたんだ」 「うん」 「なかなか、気持ちに整理がつかなかった。というより、怖かったんだ」 「なにを?」 「名前に、拒絶されるのを」 拒絶?なんのことを言っているのかわからないでいた。 答えもでないうちに、そっとクラウドの手が頬に触れる。わずかに熱をもった手が、優しく撫でる。 背中に震えを感じる。初めて見る彼の男性らしい表情に言葉を失った。 「本当は早く会いたかった。こうして、名前に触れたかった」 なにを言ってるのか、遠回しすぎてわからない。 触れられていることが嫌ではなかった。 だからこの手を振りほどくこともできない。 名残惜しそうにゆっくり彼の手が離れる。熱がまだ頬に残ってる。 その余韻も冷めないうちに、ふっと目の前のクラウドがわたしの視界から消える。 体中に感じる熱。首元に感じる彼の吐息。 わたしを優しく包み込むように彼の両腕が背中に回っていた。 「…名前」 びくっと反射的に身体が大きく跳ねた。 掠れた彼の声が耳元で、本当にわずかな距離で聞こえてくる。 「好きだ、名前」 う、そ…。 うそうそうそ! なに、これ夢? 返事のないわたしに焦りを感じたのか、クラウドはわたしから離れて眉を寄せながら顔を覗き込んでくる。 「…名前は?」 「えっ?」 今まで色恋について考えたこともなかったから、戸惑いでいっぱいだった。 いつも一緒にいたクラウドだし、そんな風に見たことなかった。 でも、頭で考えてることと、身体で感じるこの胸の詰まる感覚がどうも合っていなかった。 クラウドの真剣な眼差しから目を逸らすことができない。 思えば、クラウドがいなくなって心配してた気持ちとか腹立たしい気持ちとか。 寂しかったのかもしれない。 いつもいるはずの彼がいない。 呆れながらもわたしの話を飽きずに聞いてくれる彼がいない。 そっか、寂しかったんだ。 いつの間にかクラウドがいるのが当たり前で、クラウドがいないとダメになってた。 それって、わたしもクラウドのこと好きってことなのかな…。 「ねえ、クラウド」 「ん?」 「わたしね、クラウドがいなくなってから、ずっと心配だったの。それと一緒に腹立たしかった。でもそれって、いつもクラウドが一緒にいてくれたから、それが当たり前だって思ってたから…凄く寂しかったんだなって」 クラウドはいつも真面目にわたしの話を聞いてくれる。 でも、いつもと違ってわたしの気持ちを探るかのように視線を逸らさない。 「それって、わたし、クラウドのこと好きなのかなあ…」 「…ふ」 「え、え?」 彼の緊張が解れたのか、やんわりと笑みが溢れる。 至って真面目に話してるつもりだったんだけど、何かおかしかった? 「名前、それ、本人に言うか?普通」 「あっ!」 ぼんっと顔が赤くなる。それが自分でもわかるくらいに熱が上がってる。 確かに、おかしい。うん…おかしいよね。 なにいってんだろ、あああ、馬鹿だわたし。 もうやだ、消えたい! 「かわいいな、名前は」 「ちょっと、やめて!」 「なんでだ?」 「え、そ、それは、だから…恥ずかしい…」 クラウドを見れなくなり、俯く。 すると、まるで子供をあやすようにクラウドの手がわたしの頭を優しく撫でる。 「なあ、名前」 「なに?」 「名前がちゃんと気付いたら、名前の口から聞かせてほしい」 俯いたままちらとクラウドを見ると、とても優しい顔をしてた。 …綺麗。 「ただ、 俺はもう、名前から離れないから」 「…う、ん?」 「覚悟しとけよ?」 「え、何の覚悟?」 「さあ、な」 不敵な笑みを浮かべ、ぽんぽんと頭を叩かれる。 なにがなんだかわからない様子でいると、ふっとまたクラウドが笑う。 笑ってくれてるなら、まあ、いいかな。 「じゃあ…俺は溜まった仕事に目を通さないとな」 「ふふ、確かに」 「なんてことはないさ」 やっと気付けたからな、と一言添えてクラウドが立ち上がり自室へを歩みを進めた。 「おやすみ」 「うん、おやすみ」 クラウドは優しく扉を閉めてくれた。 次の瞬間、わたしはまた枕に顔を寄せた。 はあ、なんだかとっても疲れた。 でも…凄く嬉しかった。 きっとこう感じるのもやっぱり好きなんだろうな。 いつ言おうかな、と考えつつ布団に抱きつく。 クラウドの方がいいな、なんて思ってしまう。 ああ、本当に好きなんだな、わたし。 気持ちが胸に溢れ返って、幸せな気分になる。 その感覚を感じながら、瞳を閉じた。 121101 |