この愛は終わらない(長こへ)





「夫婦って不思議だよなぁ」
さらり、彼女の長い髪が揺れる。
二人きりの屋上。中在家は柵に背を寄りかからせたまま、七松へと視線を向ける。
七松は豊満な胸を押し付ける様に柵に上体を委ね、腕を乗せ体を支えながらぼんやりと呟く。
「何年、何十年と同じ人を好きで居続けられるなんて。一年一緒に居るだけでも難しいのに」
夫婦って不思議だなぁ、と同じ台詞を反芻し、腕に顎を乗せる。何かに思い耽る様な顔。七松にしては珍しく大人しい表情を、中在家は黙って見つめていた。
空は何処までも青く、太陽は燦々と光り輝いていた。今日も暢気な天気だ。そう考えている自分たちの方が、実は一番暢気なのではなかろうか。続く沈黙の中、中在家は考える。
「…私の両親も、そうだったのかな」
笑み混じりに漏れた言葉。
中在家は一瞬目を見開いて、すぐ納得した様に細めた。顔を前に向け、目の前の空を眺める。
七松は母親の顔を知らない。七松を産んですぐ死んでしまったらしい。死因は何故か知らされていない、とのこと。
父親に育てられた彼女は、ろくな愛情を受けなかった。日々暴力を奮われ、時には性的行為に発展するやもしれぬ事態にまでなった。その事件がきっかけで、父親は警察に捕まったのだが。
拾われた親戚の家でもやはり良い思いは出来ず、彼女は今、バイトで生活費を稼ぎながら一人暮らしをしている。バイトに部活に勉強、不器用な彼女が全てを両立出来る訳がなかろうに。
それでも彼女は、生きていた。だからこうして自分の隣に居る。物憂げな、けれど無理に笑おうとする、そんな表情を浮かべて。
小さく息を吐き出す。
「――お前は」
声を発すると、七松が顔を上げた。中在家は続ける。
「俺のことが好きか」
きょとり。そんな音が立ちそうな程、彼女は不思議そうに目を丸くした。その大きな瞳には、しかと中在家の横顔が映っている。次いで彼女は小首を傾げると、素直に問いを投げかけた。
「なんだよいきなり」
「良いから答えろ」
「うん。好き。大好きだぞ」
「そうか」
一切の迷いも見せず頷いた彼女にそう返し、中在家は一度口を閉ざした。訳も分からず七松は眉を寄せる。昔からそうだ。遠まわしなことが嫌いで、焦らされるとすぐそんな顔をする。
それを可愛いと思い始めたのは、いつからだったろうか。
「小平太」
「なんだ!」
「俺は、一生お前を好きであり続けられる自信がある」
七松は答えなかった。けれど気にせず、中在家は言葉を紡いでいく。
「結婚しなくても。子が成せなくても。お前が俺を嫌おうと。俺はずっと、お前の事が好きだ」
彼女はただ、黙って目を見開いていた。彼女の珍しい表情を一日で二つも見られるなんて、珍しい日もあったものだ。中在家は内心揶揄を零す。
「…長次、」
名を呼び終えぬが早いか。
中在家は彼女の背後に回り、優しく柔らかい体を抱き締めた。相変わらず豊満な胸だ。
じゃない。
相変わらず細い体だ。この体の何処にあんな暴君的馬鹿力が備わっているのか、常日頃から不思議に思う。肌も外に出ている割に白く、手首など中在家が軽く力を込めれば簡単に折れてしまいそうなほどだった。
「愛している」
耳元に唇を寄せ、中在家は囁く。
優しく、優しく。
「小平太。ずっと、お前だけを」
愛している。愛して、いる。
中在家は何度も何度も同じ言葉を、けれど愛情とか優しさとか愛しさとか、そんな想いを込めて囁き続ける。





ぽろぽろ溢れる雫が世界を滲ませて。
中在家の言葉を聞きながら、七松は「うん」と頷くのが精一杯だった。






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