君を残して逝くほど哀しいことはない。(留文)



愛している、と。
そう一言、一言だけでも伝えてやれたら。どれだけ楽だっただろうか。自分も、彼も。
好きでいられたと。好きでいてくれたと。気休めでも、僅かな心の救いになれたはずだった。
これから幾度も駆けるであろう戦場の傷痕に、少しでも耐えられるような、そんな素晴らしくも残酷な夢を見られたはずだ。
けれど自分には度胸が足らず勇気が足らず。
臆病な自分に出来たことといえば繋いだ手を優しく解いて、歪む顔に笑えよと告げてやるだけだった。
(思えば、あれが初めてだったのかもしれない)
あの男が、「感情」なるものを露わにしたのは。
否、怒りといった感情を見せることはよくあった。喜びも、極稀にではあったが目にしている。
けれど、哀という忍びにとっても最も不必要な、彼自身ですら嫌っていたそれを見せたのはそれが最初で、そして最後でもあった。
(6年間あいつは、一度も弱みを見せなかった)
それが彼の強さであり、弱さでもあったのだろうと今になって思う。
自分も級友も、隣の同学年の二人も、彼の相方ですら、一度は前を向いて生くのが辛い時期があったというのに。彼は6年間一度も、自分たちの前で弱音を吐くことはなかった。それどころか助けられたような覚えがある。多分彼ですら、無意識のうちに。
正直凄い才能だと思うし、きっと忍びとしての素質が一番備わっていたのだろう。けれど同時に、少し寂しくもあった。
一度でも頼ってくれたら、と。そうしたらもっと素直になれたのに、と。
後悔は日々募るばかりだ。
(…結局、一度も言えなかった)
好きというありふれた言葉ですら、張った意地が邪魔をして。
(一度も言ってくれなかった)
不器用な彼のことなのだから仕方がないとわかっていても。
馬鹿だなぁ、今ならそう思える。所詮は子供だっただけなのだ、自分も、彼も。意固地になって、素直になれなくて。もう、手遅れなことだけれど。
(――次は)
とくんとくんと鼓動が脈打つ。怖くはなかった。それが自然の摂理であることは知っていたし、いつかは訪れるものだと理解していたから。
(ちゃんと素直に、言えるかな)
視界が霞んでいく。もうお別れなのだと悟った。生き難きこの戦乱の世と。自分を慕ってくれた後輩やお世話になった人たちと。今まで共に過ごした仲間と。母や父と。
…彼と。
(文次郎)
名を呼んだ。
何時振りだろうか。少なくとも一年は呼んでいない気がする。
「文次郎」
声に出して、名を読んだ。
もう届くことはないけれど。
今も何処かで赤黒い闇に染まる彼に。
最期の言葉、を。
「俺、」














君を残してくほど
    哀しいことはない。


















鴉が羽ばたいて。
また一つ、灯火は静かに消えていくのだった。

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