愛し方さえ不器用だね(くくろじ+土井)



愛していると言われ、それを拒んだのは何時だって彼の方だった。二年間、自分はずっと彼を見ている。そこに恋愛感情はない。ただ自身が持つ一つの人格が、彼から目を逸らせないだけの話であった。
忍らしからぬ感情は全て捨ててきた。そう自負していたが、学園の教師などやっていたせいだろうか、一度失ったはずの感情が色を取り戻しつつあるようだった。情けないなと幾度鼻で笑ってしまったことだろう。
静かな静かな森の中、石に腰掛ける寂しげな背中に向け声を掛ける。
「三郎次」
名前を呼ぶと彼の肩は面白いくらい大きく跳ねて、慌てて後ろを振り返った。大きな瞳に映る顧問の顔を見て安心したのだろう。すぐに呆けたような表情をして、不思議そうに名を呼び返した。
「土井先生」
「やぁ。相変わらずだね」
なんの話ですか、そう問いかけてきた彼であるが、なんのことを問われているのは本当はわかっているのだろう。やはり彼もまだまだ忍のたまごだ。上手く表情を隠しきれていない。
なんて、自分が言える立場でもないけれど。
「兵助、落ち込んでたぞ」
一瞬、本当に一瞬であるが彼の顔を強張る。言われたくないことを言われたからだろう。小さく息を吐き出し隣に並んで座ると、彼はふいと顔を背けてしまった。
思わず苦笑が漏れる。
「まぁ、確かに、兵助の行動は異常ではあるけれど。でも、もう少しくらい受け入れてやってもいいんじゃないか?あいつにとって、お前は初めての後輩なんだ。私も五年間一緒にいるが、兵助がこうやって他人に興味を持つことなんて滅多にないんだぞ」
「でも今は、伊助もタカ丸さんもいます」
青い制服をぎゅっと握り締めながら彼は返した。俯き、唇を噛み締めているのだろう。隠したがっている表情を覗くなんて不躾なことはしたくなかったので、勝手に想像しながら空を見上げる。鳥が鳴き、木々に覆われた空を自由に飛び回っていた。
「お前は、兵助が嫌いか?」
なんとなくそう問いかけてみると、彼の動きが止まった。横目で彼を見る。彼は相変わらず俯いたまま、暫くの沈黙の後、返した。
「好きでも嫌いでもありません。そんな感情、忍者の三禁に当たります」
「でも、お前は一年は組を嫌っているだろう」
「それはあいつらが馬鹿だからです。あんな奴らが将来忍になれるとは思えません」
「そうだな。お前は優秀な忍たまだから。でも、本当は三禁なんてものよくわかっちゃいないんだろう?」
「いずれわかるようになります」
「お前はまだ幼い」
「あと四年も経てば大人になれます」
「六年だってまだまだ子どもだ。現に、彼らだって苦しんでいるんだよ」
「俺はそんなへましません」
「しかし」
「俺は!」
いきなり大声を上げられ、思わず目を見開く。気付けば自分は彼を見上げており、木々の間から漏れる眩しい光のせいか、余計に俯いた彼の表情が読み取りづらくなっていた。
彼は強く拳を握り締め、一呼吸置いた後、続ける。

「誰も好きになんかなりません。…俺は、忍ですから」

失礼します、そう言って彼は地面を蹴り、学園へと向かって走り去っていた。草を踏む軽快な音が消えてしばらく、自分は動けぬまま呆然と見えなくなった背中の残像を追っていた。けれどやがて小さく息を吐けば、くしゃりと頭巾に入りきらなかった前髪を掴む。
(傷つけるのが怖いというのか)
彼が人を拒む理由がわからない訳ではなかった。
だってそれはきっと、とてもありふれた、忍でなくとも、人間であれば誰もが持つ感情であろうものだから。
(あんなに細い肩を震わせて)
愛を受け止めるのは怖い。他人という血の繋がらぬ存在が自分の心を支配していくのは、自分であっても最初は至極恐ろしかった。けれど今は違う。それを受け入れることの大切さを知り、同時に、それを心の奥底に仕舞い込む術も見に付けた。
全ては己が使命のため。感情を持たぬ道具として、戦場を駆けるため。
(それでもなお護ろうというのか)
いずれは傷つけあう運命であるのに。
(兵助を。誰かの、心を)
あんなに自分を傷つけてまでも。幼い心を、犠牲にしようとするのか。
耳鳴りがして、影が一段と濃くなった。太陽が雲にでも隠れたのだろう。風が吹いて、木の葉を揺らす。辺りに人の気配はなくて、前髪を掴む手に力が入る。
愛されるのは簡単だ。彼のような優秀な忍であれば、すぐに理解出来るであろう。
けれど、それでは駄目なのだ。愛されるだけでは、人は何も変われやしないのだ。
今日もまた何処かで人知れず人が死に逝き、鮮やかな紅が舞い散る。
そんな残酷の世界の中に、彼らはいた。
(嗚呼)
















06.愛し方さえ不器用だね
















(どうしてまだ幼い彼が、こんなに苦しまなければならないのだ)
流した雫を受け止める皿などある訳もなく。
どうかいつか、と願いを掛けて、土井は静かに目を閉じた。






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