【ざくろのみはあかい】 ウロボロス3兄弟 舞白視点

【石榴の実は紅い】

「朔黒、食事の時間だよ」

僕がそう声を掛けると、足下の影からするりと黒いひとがたが現れる。

「もうこの味には飽きちまったんだけどなァ」

長い犬歯を無自覚に見せつけながら笑う、僕と同じ顔。同じ背格好、同じ骨格、同じ四肢。違う色。

「俺は嬢ちゃんが相手の方がいいなァ」

きしし、と犬歯が擦れる。彼が笑っている時の音。

「お前はさ、働きすぎなんだよなァ。もっと栄養と睡眠取れよ、そしたら満足してやらねぇこともねぇ」

「我儘を言わないで。椿には会わせないと言っているだろう」
「その口調、オニーサマみたいだぜ」

「…………」

ちくりと嫌な痛みが胸に生まれる。
心がざわりと波打ったけれど、落ち着かせようと小さく溜息を吐く。
彼はいつもこうなのだ。人をからかうのが至上の楽しみのように。

「早くして」

急かして、彼の頭部を自分の首元に引き寄せる。

「熱情的だなァ」

きしし、と耳元で音がした。
続いてぶつり、と皮を突き破る音、ちゅ、ちゅう、と液体を吸い出す音、ごくりと咽頭が上下する音。事が終わるまで僕は、朔黒の黒く艶のいい髪を撫でている。
僕と反対の色。
こうして彼が首元に吸い付いている間は彼の事がどうしようもなく愛しく思えて、彼の髪に口付けまでしてしまう。愛しい黒。
僕と反対の色。僕と反対の彼。最後にまた、ちゅ、と音がして、朔黒が僕の首から離れた。

「んまい」

朔黒が舌舐めずりをして、口元の紅を浚う。
僕はそれを見届けた途端、目の前がすぅっと白くなって、ふらつきだす。
やっとの思いで返事をする。

「ん、それ、は、よか、……」

最後まで言わないうちに、ふっと照明が消えて頭が後ろに落ちていく。
途中で温かい何かに優しくぶつかってーー。

「ごちそーさま、おにいちゃん」

兄は朔黒の存在を知らない。末弟の椿は知っている。
朔黒がふざけて姿を現してしまったから。
以来、朔黒は椿の血が飲みたいと喧しい。
そんなことさせられるわけがない、椿の首に紅い歯型が付いたのを想像するとぞっとするし、何より兄さんが激怒して大惨事になるだろう。

「絶対うまいよ、嬢ちゃんの血。あーんな囲われてぬくぬく育ってさあ、栄養たっぷりだろーなァーあー飲みてぇー」

深夜0時、僕の自室のベッドの上、いつもの食事の時間に朔黒は言う。

「煩いよ」

無表情で苦言を呈す。これくらい言ったって通じやしない。きしし、と朔黒が笑う。

「まァ」

僕の首筋に舌を這わせ、熱い吐息をかける。僕はいつものように朔黒の黒髪を見つめる。

「日常食はお前が一番だけどな」

そう言われた途端、ぞくり、と背筋が震えた。
一気に気持ちが高揚して、全身が熱くなる。
思うままに、ざくろ、と名前を呼んでみる。
返事の代わりに、首筋に痛みが走る。
同時に朔黒が僕の肩を鷲掴みにして、勢いのまま押し倒す。
気の抜けた音がして、僕の身体ごとベッドに沈む。
ちゅ、ちゅく、ちゅう。濡れた音と熱い吐息とぼやける視界。
この時僕はいつも分からなくなる。
どれが朔黒のでどれが僕のなのか。この、白い視界でさえ。どちらの、ものなのか。

「……ごちそー……さま、……おにい、ちゃん…………」

お得意先から帰ると、兄さんが発狂していた。
椿は何もわからないという顔できょとんと座っていた。
紅いカーペットに椅子の紅い座面。
何故だか窓まで紅くて、あれ?と不思議に思う。
窓って紅かったっけ。
兄さんがわけの解らない言葉と唾液を吐き散らかして、椿は部屋の隅にそっと移動する。

兄さんが手に持っているのは何だろう?斧?
何処からそんな……ああ、物置にあったのかな。
庭師用の物かもしれない。
僕は紅い部屋の入り口に突っ立ったまま、ぼんやりと室内の様子を眺める。
暴れる兄さん、小さな椿、斧にぶち抜かれる朔黒。

朔黒?
彼がどうして此処に。常に僕の影に居るのだとばかり。

常に僕の影が要るのだとばかり。
斧の刃が朔黒に中る度、ぱっと鮮血が舞い散る。
それが窓硝子にぶつかって……紅い花のよう。
美しいなあ、としみじみ思った。
思わずごくりと喉を鳴らす。
気付いたら口元が緩んでいる。
まあいいか、こんな状況だし。
朔黒が割れて真っ赤になって、どろどろの中身が溢れ出て。
この部屋の家具は全て駄目になってしまったけれど、まあ新調すればいいし、それより僕は何が喜ばしいかって、朔黒が死にそうなことだった。

彼は人間ではないのでこれで死ぬかは解らないけれど、暫くは放浪出来ないだろう。
そっとじっと、僕の影に居るだろう。ふふ、と吐息が漏れた。

朔黒のとは反対に、冷たい息だった。まるで血の通っていないようだった。


【朔黒の身は紅い】

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