ミカヅキ

酸l欠少l女lさlユり♪ミlカヅlキを聴いて作ったお話です。


今宵も頭上では、綺麗な満月がキラキラ、幸せそうに世界を照らしている。
当の俺は、出来損ないでどうしようもなくて、夜明けを夢見ては、地べたで這いずり回っている。

「また月を見ていたの?」

白い影が暗闇に侵入してきた。

「……舞白」

懲りないねぇ、と白い影は笑った。それから俺の隣りに座って、一緒に窓の外を見上げる。

「綺麗な満月だね」

空っぽの言葉に反応してやる義理はない、俺は黙りこくって白い満月を見続ける。吸い込まれそうだ。吸い込まれてしまえば、ここから逃げられるだろうか。そんなわけはない、と自分が即答する。わかってるさ。

「朔黒、食事を摂らないと」
「要らない」
「駄々をこねないで」

ぐいと自分の着物をはだけながら迫って来る。らしくないその動作が、余計に嫌な気分にさせる。ただでさえ、“食事”が嫌いだというのに。

「……朔黒の為に、毎日毎食栄養を考えて摂取して睡眠もちゃんと摂って運動して、生活整えてるんだから。ほら」

舞白が、はあ、と熱い息を吐く。紅い頬。微笑む唇。蕩けた濃紺の瞳。反射して映る筈の俺の姿は、ない。右手で着物をはだけたまま、左手で俺の後ろ首を引き寄せる。唇が、ぎゅうとその白い柔肌に押し付けられる。甘い匂い。その中に、どこか雄くさい匂い。唇も頬も鼻も、どの皮膚も舞白の肌を感じて興奮している。どうしようもない。どうしようもない、俺たち。小さく溜息を吐いた。

「……早く」

舞白が強く呟く。急かして、より強く首を抑える。全く、これじゃ誰の為の食事だかわからない。俺の栄養の為なのか。舞白の……自己満足の為の食事なのか。
俺は漸く口を開いて、牙の先で軽く舞白の肌をなぞる。震える息が耳元を掠めたのを確認してから、生温い肌に舌を這わせ、汗と匂いをしゃぶる。味わう。美味しい舞白。俺の為の舞白。もぞりと相手が動くのを感じる。

「朔黒、早く、そんな……、焦らさない、で」

言葉が終わるか終わらないかのところでかぶりついた。舞白の、皮膚も肉も突き破って。その奥へ。その奥へ。

「アッ……あ、あ」

痛みか快感か、舞白がぶるりと震えた。俺は溢れ出る温かい血を零さないように啜る。唇で、舌で、集めて吸って飲み下す。

「っん」

強く吸うと、舞白は強張って、俺の胴体に回した腕に力を込めた。その締め付けが心地良くて、もっとやりたくなる。……怒るから、やらないけど。三口ほど飲んで、吸い付く肌から口を離す。滲み出る液体をぺろぺろ舐める。少しの間呆けていた舞白が、まだぼんやりとした手付きで着物を直し、微笑んだ。その唇が呪詛を紡ぐ。

「ひとりぼっちで、かわいそうな、朔黒」

暗闇で、相手には見えないのに、俺は舞白を思い切り睨み付けた。

舞白が部屋を出てから、また窓の外の満月を見つめる。
ひとりぼっちで――。
耳を塞ぐ。言葉がぐるりと頭の中を旋回する。
かわいそうな――。
目を瞑る。ずっと見ていた満月が、白い塊になって瞼の裏で光る。全部が闇の中、ぽつんと光っている。その点を見つめていると、自分を見ているような気分になる。
ひとりぼっちで――かわいそうな――。ぎゅるりと視界が回って、あっという間に景色が戻った。満月は相変わらず頭上で輝いている。俺はひとりで膝を抱えた。満たされたはずの腹に大きな穴が開いている気分。また目を瞑った。満月はもう見えない。ひとりぼっちだって、誰の瞳にも映らなくたって、寂しくはない。寂しくはない。じっとしていると、意識が闇に溶けていく。

それでも誰かに見つけて欲しくて、夜空見上げて叫んでいる。
逃げ出したいなァ、逃げ出せない。
明るい未来?そんなの見えない。

「「ねえ」」

真っ白い奴が嗤って、目が醒めた。寝ていた?寄りかかっていた冷たい窓を見ると、外はまだ濃い闇だ。満月は――まだ頭上で輝いている。自分の口で何か言った気がするが思い出せない。何の夢を見ていたのかも。白いものを見ていた気もするが、すぐに記憶は霧散してしまった。俺は俺を映さないガラス窓から体を離す。暗闇の中、物にぶつかることなくすいすいと寝床まで移動する。白いシーツに身を投げて、蹲る。ぼやけた思考で、満月の上にいるみたいだと思う。今度は自ら眠りにつく。

俺は飛べない。「それでもあの人に見つけて欲しくて、」中途半端な吸血鬼だから。「まるで蝶のように舞い上がるんだろう」舞白はそんな俺の眷属で、「欠けた翼で飛んでご覧よ」俺の所有者で、「醜い僕の吸血鬼」もうひとりの俺。

***

今宵も頭上では、綺麗な満月がゆらゆら、誰かの腕に抱かれて眠っている。
当の俺は、独りの夜に押し潰されては、誰にも見えない夜闇這いずり回っている。

また夜が来た。夜は毎日ちゃんと来てくれて、それに俺は安心する。いつもの窓際で膝を抱えて、爪先を見る。俺に“食事”を与えることに狂ってる舞白は、“ニイサン”にも狂ってる。俺はニイサンに会ったことはないけど。ろくな奴じゃないんだろう。舞白はそういう奴が好きなんだ。足の親指の、爪先と爪先を擦り合わせる。人は簡単に、狂っちまう。瞼を下ろそうとしたところで、暗闇にぱっと光が入る。あまりに突然のことで、思考が追いつかない。なんだ?舞白なら、ノックするのに。
「……誰か、いるのか?」
光のほうから声がした。舞白より低く、男らしい声。誰だ?舞白以外がここに来るのは初めてだ。
「誰だ?」
そのまま問うてみる。
「俺は……千羽揚」
ちはや。ニイサンだ。チハヤニイサン、と、確か舞白は言っていた。ニイサンがどうしてここに?
「誰だ?」
今度はニイサンが問う。俺は一瞬躊躇して、声を張った。舞白と同じ声を。
「俺は、朔黒」
「…………舞白?何かの悪戯か?こっちへ来い、酌をしてくれ」
は、と笑ってしまった。悪戯か。このまま、悪戯の所為にするのもいいかもしれない。俺はそうっと窓から身を起こした。
「……ニイサン」
ニイサンと話しているときのあいつは、どんな口調なんだ?わからないから、ニイサンという単語しか言えない。そっと一歩踏み出して、光のほうへ進む。
「早く来い、舞白」
ニイサンの声を聞きながら、歩を進める。ああそうだ俺は舞白だ。舞白は俺だ。どうしようもない俺たちは、どっちもどっちでふたりでひとつだ。そうしないと生きていけない。光が俺の全身を照らして、ニイサンが目を見開いて、俺がニイサンの風貌を全て把握するより先に俺の牙がニイサンの首筋に食い込んだ。舞白以外の味に舌が震える。喉が痙攣して胃が押し戻そうとする。どうしてかぶりついたのか、自分でもわからない。身長のわりに力の弱い体が簡単に崩れ落ちて、それに覆いかぶさって熱い血を吸いながら、ああそうかと納得する。脳内では白い奴が満面の笑みを浮かべていた。相変わらず俺を映さない目を細めていた。そいつを睨め付ける。白い思考の中、ぐるぐると言葉が旋回する。

それでも誰にも負けたくなくて、「誰に勝てると?」
夜の闇でもがいている「僕からは逃げられないのに」
追いつきたいなァ、追い越したい「お前は誰にも敵わない」
ああ「絶望していていいんだよ」
夢にみたような世界「夢心地でしょう」

「「ねえ」」
自分と同じ声に顔を上げると、目と鼻の先に白い爪先があった。思考が追いつくより先に顔面を蹴り上げられる。ニイサンの肉を少し千切ってしまった。「ああ゛アッ」ニイサンの叫び声と重なって、自分も呻いた気がする。光から闇の中へ強制的に突き戻される。ごっ、どこか、床か、頭を打って闇に星が舞う。あれ、満月がない。
「どうしようもないよねえ、僕たちは」
白い影が、ゆらりと闇に入ってくる。肩から紅い血を流すニイサンを跨ぎ越えて。ニイサンは動かない。傷口を抑えることも出来ないらしい。ああそうだ。本当に、俺たちは。白い素足が近づいてくるのを、逆様の世界で見ている。すぐ近くから血の匂いがする。さっきの男の……ニイサンの、血とは違う匂い。舞白のともちょっと違う。誰のだ?ここには、ニイサン、と、俺と舞白……しかいないのに。
「どうしようも、ないよね……」
舞白が歩を止める。仰向けに寝転がっている俺の頭上で。俺は静かに、口の端で咥えていた肉を呑み下す。目のすぐそばに温かい液体が落ちてきた。血?やっぱり、お前の血だったのか。違う。じゃあなんだ?血じゃない、温かい液体。
「……舞白?」
「うるさい」
鼻声。
「舞白、どうした。腹が減っているのか?ちゃんと、食ってるのか」
「うるさい。お前じゃないんだから、」
不思議な心地で舞白を見上げる。逆光?で、どんな顔をしているのか見えない。ただ、舞白が今までになく弱っているのはわかる。舞白、舞白、俺が出来ることなら何でもするから。いつものあの、不敵な笑みを見せてくれ。体を起こそうとしたところで、舞白がゆっくりと手を顔の方へ持ち上げながら、小さな声で歌うように呟き始めた。
「どうしようもない僕たちは、

それでも誰かと比べてばっか、周りを見ては立ち止まって、欠けたものを探した――そんな自分を、」

その先は小さすぎて聴こえなかった。舞白の声は続く。俺はただ白い影を見つめながら聴いている。

「それでもあの人と同じ景色をまた見たいと望んで」
「泣きだしたくても投げ出したくても、諦めないで」
「ひたすらあの人に見つかるように」
「蛹の皮突き破って手を伸ばすんだ」

そこまで言ったところで、舞白の顔は完全に覆われて、声は詰まってしまって、あとはただ音が漏れるだけになった。俺は漸く身を起こして、立ち上がって、舞白の震える肩を抱く。甘い匂い。その中に微かに、雄くさい匂い。舞白の匂い。ああそうだ。お前の言葉は俺の言葉だ。お前は俺だから。俺はお前だから。だから、

欠けたもの、見つけて、抱きしめて、願いを込めて飛び立つさ。

いつかお前の闇色の瞳に映るように。

「俺の愛しい吸血鬼」

舞白の肩越し、蹲るニイサンの怯えた顔に、腹の底から笑いが込み上げた。

***

誰かに見つけて欲しくて夜空見上げて叫んでいた。
泣きだしたいけど泣きださなかった。
もう後戻りなどするつもりはない、

「「ねえ」」

手を握る。指を絡めて、青白い肌と乳白色の肌が交差するのを見つめる。いつもの窓辺、ふたりで見上げる満月。
あの日以来、結局前と変わらずお前は俺の食事に狂ってるしニイサンに狂ってる。俺の存在はどこまでも置いてけぼりだ。俺の姿はどこにも映らないまま。

それでもお前に見つけて欲しくて、蝶の真似事をして舞い上がった。
欠けた翼で飛んでみた、醜いお前の吸血鬼が。
放ったのはただの狂気。

お前から与えられ続ける俺が、お前に与えられるのは狂気だけなんだろう。だったら仕方ない、狂ってしまえよ。俺はただ、そんなお前を見続けるさ。俺の紅い瞳にお前が映っている間ずっと。

今宵も頭上では、綺麗な満月がキラキラ……――次はお前の番だと、嗤っている

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