【願求環】10

続ノ中.

尻尾を咥えて動けない蛇は何匹いる?



大きな目を見開いて?
小さな手で鼻と口を覆って?
信じられない、とでも言うような?
なんてこと、とでも驚くような?
そんな、そんな顔を?
黒真珠がするとでも?

「そう」

強く輝く黒真珠は、ただ穏やかに頷いただけだった。流石、と心の中で俺も頷く。

「お兄様はとても弱い方だもの……ごめんなさいヤマト。そんな役目を負わせてしまって」

「いえ」

胃酸がすぅと食道を滑り落ちるのが心地良い。俺は今どんな顔をしている?にたにた笑っている?苦しそうに歪ませている?悲しそうに落ち込んでいる?楽しそうに輝かせている?申し訳なさそうにしょぼくれている?俺を撃ち抜く大きな黒真珠には、穏やかに笑う俺が見えた。なるほど。口元目元、こういうふうに吊り上げればこういう顔になるんだな。
気付けば俺たちは闇の中にいた。俺の知らないところで陽はあっという間に落下して、黒真珠はその闇ごと花の刺繍をきよせる。闇の中にいるのに輝いているようだ。だから貴方は。

「……冷えたでしょう、そろそろ」
「そうね」

きっと先輩のスコーンも冷えている。それは明日の朝、この小さな白い手によって温められるのだろう。
不意に俺は欲情して、挨拶もそこそこにその場を退いた。コートをあの小さな肩に掛けたまま来てしまったから全身が寒さで痛い。なのに欲望の部分は熱くて、熱くて、ああ早く。
彼のところに行きたい、と思った。

白い。白いなあ。ああ白い。
薄ぼんやりと光る白に手を伸ばす。ここは何処だ?と問いかけ、何処でもいい、とすぐさま答えを返す。
俺は白に近づく。
次第に形がくっきりしてきて、ああやっぱり、と納得する。
そうだ。君はここに居たんだ。何故なら俺がここに置いたから。
置いてきたから。俺が君を棄てたんだ。夜の森みたいな薄闇の中横たわる彼を見て、思った。

これはゆめだ。

ゆっくりと手を伸ばす。彼の骨に触る。皮膚の上から、だけど痩せ細って皮と骨になっているからそういう表現がぴったりだ。頼りない肋骨を、上から、脇から、するる、となぞる。彼の肌は象牙のように滑らかだった。その非現実的な感触も、これが夢だと意識させた。だから膨らむ欲の塊を放っておけると。不意に前の主人の声が響く。
触っていいのよ。
艶かしい声だった。あれはいつの主人だったか。
俺はその言葉のまま、彼のすぼんだ臍に爪の先を掛け、クイと引き裂いた。ああ信じられない。なのにリアルだ。彼の白く薄い腹は真ん中のところでぴらりと開いたのだ。内臓の赤も、肋骨の白も。

ああ、俺のものだ。

そうだ。俺のものだ。何故だかそう思った。そうして欲情に手を当てる。彼の皮膚と肋骨の隙間にもう片手の指を這わせながら。不思議と冷たい彼の中はほんのり温かかい。それよりもっと高熱の塊をもう片手で扱く。白い液体が絡みつく。白い彼の中は赤い。皮膚の下が心地良い。右手と左手で違う温度を感じながら、逸る鼓動に急かされながら、熱い吐息に半ば白けながら、俺はイッた。どくどくっ、と跳ねるそれを眺めながら思った。
ーー心臓みたいだ。その熱もその脈も。
空っぽの中にも欲望はあるのだと思った。夢現の中、そう思った。どうしてこれを、「劣情」と名付けたのだろうという考えに手を掛けたところで、

…………黒い。

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