【願求環】7始 * 裁判が終わって、処刑が終わって、彼は綺麗に始末をされて、当主は綺麗に清められて、誰もその部屋に居なくなった。 そこに俺は立っていた。まだ生臭い。まだ血生臭い。生き物の匂いがする。 庭に面した障子を開け放っているのに。 体液が染みた絨毯は片付けられているのに。畳の目の奥の奥から、その小さく細い隙間を通って、彼の匂いが立ち昇る。 胸を満たして、鼻の奥で味わって、今までの全てのことを再生して、無感傷に観賞して、それから俺は部屋から出た。 「ヤマト!」 寒い廊下でずっと待っていたのだろう、小さな塊が飛んできた。お嬢、唇が反射的に動く。自分にしがみつく小さな白い手を見つめる。 「兄様は!?」 なんて艶やかで美しい瞳だろう。この方の瞳はきっと、兄弟の中で最も美しいに違いない。 瞳には心が映るから、この方の心も同じように美しいに違いない。 瞳には心が映るから、心が美しくないと瞳も燻んでしまうに違いない。 そうして心が燻んだら映す水晶は隠してしまいたくなるだろう 。誰にもその汚れが見えないように。汚い心が見えないように。 穢れた水晶は隠してしまおう。 俺の手が陶器のような頬に伸びる。 どうしてこの方は尚も美しい瞳をしているのだろう。 さっと視界に砂嵐。白い陶器は砂利になり、黒い真珠は錆になる。 俺の目が汚れているのだ。俺の心が汚れているのだ。だから視界が砂嵐。 「ヤマト……?」 急いで手を引っ込める。 俺は悲しげにほんの少し笑って、何も言わず首を横に振った。それを映す黒真珠が一気に波に浚われた。 「嘘……嘘よ」 俺は、本当なんです、と呟いた。 俺よりも兄よりも‘当主’よりも誰よりも小さな肩を抱く。 誰よりも小さな手が俺のシャツに皺を作った。そうやって黒真珠の方は静かに泣いた。 彼は死んだ。 * (14/20) 前へ* 目次 #次へ栞を挟む |