【願求環】6

始ノ終
終わった?ーー静かに、段々騒がしくどよめく傍聴人共。
中央には男がふたり。
着物をはだけて、下半身が完全に露出した男。
一糸纏わず、白い肌を擦り傷で赤く灯した男。

ふたりとも動かない。ふたりとも喋べらない。
開廷の時より若干減った傍聴人共が蠢く中、俺もその一部になって、“向こう側”を見ている。
何分待ったか。何秒だったか。どのくらいの沈黙があったか。
“当主”は起き上がり、彼の眼孔を舐めた。
眼孔の奥まで舌を這わせているーーぬっちゃりと、細かな血管が絡みつく、ぬるぬるとどろどろと、体液臭い、生臭い、鉄臭い、やんわりと生柔らかく、奥に微かな弾力のある硬さが舌先にあたる……唇や鼻先に、彼の睫毛を感じる、眉毛を感じる……じっとりと汗ばむ頭皮の匂いがする、綺麗な絹糸が目の前にあるーー様を、想像して、ずるりと汗が這い上がった。
その間、彼は何も反応しなかった。
だらんと垂れた腕は白木彫のようで。
赤と白濁で濡れた胴体も脚も動かない。
心臓が有るのだが無いのだか、膨らまない胸、上下しない肩。固まった曲線。
そこにいるようでいない、あるだけの身体。
赤子のように、彼の眼孔をしゃぶる“当主”の顔は、乱れた髪に隠れて見えなかった。
顎の先から透明な液体が落ちていた。

裁判は終わった。



「まだ寒くないわ」

兄とは反対に、真っ黒い髪と瞳を持つ方が、何を言うより先にそう言った。
大層大きく立派な造りの屋敷の、荘厳な門扉の前で。黒真珠はまだ俺を離してくれなかった。

「……スコーンが冷めてしまいますよ」
「また温めるわ」

そう言って、つと視線を落とす。長い睫毛が影をつくる。

「冷めてしまったら、また温めればいいの。そうでしょう」

小さな手が刺繍の花を握り潰す。
なんて健気で。なんて只管で。なんで愛おしいのだろう。だのにどうして。なんて愚かしいのだろう。

「あなたはそんなにも聡明なのに……」

小さく小さく零れ落ちた言葉は、どうやら聞こえなかったようだ。
俺は乾いた唇を再び開けた。


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