【願求環】6始ノ終終わった?ーー静かに、段々騒がしくどよめく傍聴人共。 中央には男がふたり。 着物をはだけて、下半身が完全に露出した男。 一糸纏わず、白い肌を擦り傷で赤く灯した男。 ふたりとも動かない。ふたりとも喋べらない。 開廷の時より若干減った傍聴人共が蠢く中、俺もその一部になって、“向こう側”を見ている。 何分待ったか。何秒だったか。どのくらいの沈黙があったか。 “当主”は起き上がり、彼の眼孔を舐めた。 眼孔の奥まで舌を這わせているーーぬっちゃりと、細かな血管が絡みつく、ぬるぬるとどろどろと、体液臭い、生臭い、鉄臭い、やんわりと生柔らかく、奥に微かな弾力のある硬さが舌先にあたる……唇や鼻先に、彼の睫毛を感じる、眉毛を感じる……じっとりと汗ばむ頭皮の匂いがする、綺麗な絹糸が目の前にあるーー様を、想像して、ずるりと汗が這い上がった。 その間、彼は何も反応しなかった。 だらんと垂れた腕は白木彫のようで。 赤と白濁で濡れた胴体も脚も動かない。 心臓が有るのだが無いのだか、膨らまない胸、上下しない肩。固まった曲線。 そこにいるようでいない、あるだけの身体。 赤子のように、彼の眼孔をしゃぶる“当主”の顔は、乱れた髪に隠れて見えなかった。 顎の先から透明な液体が落ちていた。 裁判は終わった。 * 「まだ寒くないわ」 兄とは反対に、真っ黒い髪と瞳を持つ方が、何を言うより先にそう言った。 大層大きく立派な造りの屋敷の、荘厳な門扉の前で。黒真珠はまだ俺を離してくれなかった。 「……スコーンが冷めてしまいますよ」 「また温めるわ」 そう言って、つと視線を落とす。長い睫毛が影をつくる。 「冷めてしまったら、また温めればいいの。そうでしょう」 小さな手が刺繍の花を握り潰す。 なんて健気で。なんて只管で。なんで愛おしいのだろう。だのにどうして。なんて愚かしいのだろう。 「あなたはそんなにも聡明なのに……」 小さく小さく零れ落ちた言葉は、どうやら聞こえなかったようだ。 俺は乾いた唇を再び開けた。 (13/20) 前へ* 目次 #次へ栞を挟む |