雪灯り 弍

小さい頃、私の家にはよく黒い服を着たおじさんが訪ねて来ました。
"本当に、本当に貴女はそれでいいんですか?"

"大丈夫も何も、家には何もありませんので。"
傷だらけ。痣だらけ。そんな腕をぎゅっと握りしめて話す彼女の顔が泣きそうだった事を私は知っていました。
彼女を泣かせるおじさんは悪い人だと思っていたけれど、彼はもしかして、彼だけは、
【雪灯り 弍】

舞白が何かを隠したその晩やまとは久しぶりに過去の夢を見た。それは楽しかった思い出などでは到底無い、心臓を締め付ける様な、涙が零れる様な夢だった。
「なんで今更…」
そう思った瞬間に頭に浮かんだのは舞白のあの笑顔。思い出した。あれは何かを隠しているだけじゃない。

"お母さん、お母さん。病院行こ?血が出てるよ"
"ごめんねやまと。でもお母さんは大丈夫だから。"
"お父さんはひどいよ。僕がお父さんをやっつけてお母さんのこと守ってあげる!"
"違うの、お父さんはね、悪い人じゃないのよ。お願いやまと。わかってあげてね"

舞白は誰かを庇おうとしている?誰を?考えればすぐに答えは出てきた。彼がその身を犠牲にして庇うものなんて一つしかないだろう。家族だ。
まだ幼い椿がそんな事をするとは思えない。何よりも自分の仕えている気高く、そして不器用ながらも愛情深い御主人はその様な事をできる人間ではない。つまり、舞白にあの様な仕打ちをしているのは、舞白の兄であり、あの屋敷の主人である、
「千羽陽様…」
やまとが千羽陽について知っている事は少ない。離れから出る事はごく僅かで見るたびに酒を飲んでいる。それだけでも余り良い印象はなかったが一層その印象を悪くしたのは千羽陽から感じる本能的な面での自分との近さだった。同族嫌悪と呼ぶには可愛すぎる、隙あればお互い喰らいつこうとする空気をやまとは感じていた。
しかしなぜ千羽陽は舞白に暴力を振るう?憎んでいる?それは正解からは遠い気がした。どうして、なんで。その時やまとの脳内に声が響いた。
"やまと君、どうしてこんな事するの?"
"もうやめて!大丈夫、大丈夫だから、もう貴方から離れていったりしないから、お願いよ。やめて"

嗚呼、嗚呼。気がついてしまった。それはなんて悍ましい事実。なんて幼稚な行動。そして、なんて愚かな感情なんだろう。

「舞白様…」

ごめんなさい。私に貴方を気にかける資格なんてなかった。それでも、

伸ばす事を諦めたその手を、どうか私に掴ませて。




"どうせお前も俺から離れていくんだろう?!"
"俺だけを見ろ、お前は俺だけのものだ"
"絶対に、逃がさない"

過去の自分が、彼と同じ目をして此方を見ていた。

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