*触れた指先
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*ご奉仕舞白くん





 どうしてこんなことになったのかと問われれば、すべては『タイミングが悪かった』としか言いようがない。舞白は自分の下でやや苦しそうな表情を浮かべる千羽陽を見下ろして口元に弧を描いた。

 そもそもの始まりは、千羽陽の
「たまには自分でやってみろ」
という言葉で、状況を決定づけたのは動揺した舞白に、千羽陽が言った
「撤回はしないし、俺は何もしない。されるがままで見ててやる」
という言葉だったのだと思う。
 こういう場合、普段の舞白であれば、たいていが戸惑ったまま奉仕をして終わるとパターンだったのだろうが、今日の舞白は通常とは少し違っていた。誰の写し身であったかは知らない。しかし、おそらくは『好きにしていい』というニュアンスの言葉に反応して出てきた舞白は、空虚な舞白とは違い、小さく笑って自らの帯を解く。
 その帯の行き先は千羽陽の手首で、頭上にそっと移動させて、両の手首をまとめて緩く結ぶ。
「兄さんを信じていないわけではないですが、念のため。・・・緩いので問題はないと思いますが、傷がつくといけないので動かさないでくださいね」
そう言って、千羽陽の顔を見れば、強い驚きと少しの楽しそうな表情が混ざっていて、マイナスのものでないことに気を良くして、進めることにする。
 千羽陽の浴衣の袷をそっとはだけさせて、胸に手を這わせる。特に大きな意味があるわけではないのだが、千羽陽から触れられることはあっても、千羽陽に触れることは少ないので、ゆったりとした手つきでその肌を撫でていく。
「・・・舞白」
「やりたいことをしていいと言ったのは兄さんですよ。・・・くすぐったいですか?」
咎めるように名前を呼ばれて、目を合わせれば、千羽陽の細められた目と目が合う。そんな風に呼ばれたら、震えるであろう手が淀みなく動くのはこの不思議な雰囲気のせいか。変な甘さを纏った空間は、舞白の行為を否定していなかった。それはつまり・・・。
 別に自分の性的なものに関してはどうでもいい。普段の一方的な行為に対する不満も特にはない。仕事の時に体が辛いことがないわけではないが、それすらも容認してしまっている自分も自覚している。舞白がしたいことはただ1つ。千羽陽に触れることだけだ。
 行為の最中、舞白は千羽陽に触れない。腕を拘束されていない時でも、傷をつけることが怖くて千羽陽に縋ることができないのだ。行き場を失った手は、堅く握り締められているか、シーツに皺を増やすかということが多い。自制の利かない、よく周りが見えない状況ではそうするしかないのだ。そのせいで舞白の手の平にはよく傷ができる。
 目の前にあるのに、触れることができなくて。禁止されたわけではないが、怖くて触れられないそれに舞白はただ触れたいだけだった。
 確かめるようにそっと下へ下へ移動してきた手が、千羽陽の足の付け根へと到着する。帯は解かずに前を寛げて、それを外気に晒す。じぃっとそれを見つめて、案外と自分の体は許容量が大きいのかもしれないと1人思う。
 仕事の際に相手に不快感を与えないようにとやや短めに切りそろえてはあるが、爪で傷をつけないように注意して、それに手を這わせる。すると千羽陽の体が一瞬強ばったような気がして、確認のために舞白は顔を上げる。
 紅の差した頬で顔を歪める千羽陽は、目を伏せてはいるものの、舞白の動きを制止する様子はない。止めてしまうのも逆に辛いだろうかと、舞白は視線を戻して手を動かす。
 最初はその形を確かめるように、次は快感を得られそうな場所を重点的に。そうしていくと、質量を増して、こちらを向いたそれを手で包んだまま、舞白は舌を這わせる。
 いつ、どうやって覚えたかは忘れたけれど、やり方はしっかりと覚えている。手と口を精一杯使って奉仕をしていく。歯が、爪が当たらないように丁寧に。相手の事だけを考えて。そんな風に舞白に言ったのは一体誰だったか。
気を抜くと違う方へといってしまいそうな思考を集めて集中する。程なくして、千羽陽の体が震えて、喉の奥に伝わり落ちてくるものを舞白はしっかりと飲み込む。口の端から零れてしまった分は手で拭う。
少々、不快な感じがしなくもないが、これはそういうものなので仕方ない。最後に傍にあった布でそれを綺麗に清めて、自分の手も綺麗にしてから、千羽陽の手の拘束を解く。
 「すみませんでした。・・・上手くできなくて」
そう言って、困ったような笑みを浮かべる。手元に戻った帯を巻こうと腰へ持っていこうとした所で、手を掴まれた。あっという間に背後で一纏めにされた腕はそのまま持っていた帯で縛られる。
 驚きに声を上げようとした口は、千羽陽の口に塞がれる。呼吸を奪われ、酸欠になるまで、咥内を舌が這っていく。ようやく解放された頃には、視界が歪んでいて、バランスを失った舞白の体はその場に崩れ落ちる。下敷きにしてしまった腕に痛みが走るが下に布団があったおかげで、そこまでひどくはない。
 空気を求めて開閉する舞白の口から浅い呼吸音が漏れる。そこに重なって落とされたのは千羽陽の声。
「やはり苦いな」
生理的な涙が浮かんだ目では千羽陽の表情をしっかりと捉えることはできなかったけれど、その直後に再び、呼吸を奪われたことを考えれば、嫌悪の表情ではなかったのだと信じたい。


 

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