*過去の視線
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※ちはやさんのりつやま絵よりイメージ



 頭が痛い。物理的にも精神的にも。そんなことを思いながら律は深々とため息をつく。押し倒された時に床に打ち付けた後頭部は今でもじんわりと痛みを持っていて、しかし、それよりも自分に覆い被さって子どもみたいにボロ泣きしている後輩を優先してやらなければいけない状態にある。
 酒を飲みたいと誘ってきたのは後輩・・・ヤマトの方だったのだが、憂さ晴らしのように速いペースで飲んだことで、早くも酒が回ったらしい。突然泣き出したので、何事かと宥めれば、そのまま後ろへ押し倒された。本当に、背後に何もなくて良かった。
 子どものように鼻をすすりながら、全ての言葉に濁点がつきそうな舌っ足らずな声で、やまとは何度も『ごめんなさい』を繰り返す。その視線は律をはっきりとは捉えておらず、きっとどこかへ飛んでしまっているのだろうと検討がつく。
 普段ならふざけるなと腹でも蹴り上げてやるところなのだが、さすがにこの状態でそれをするのは罪悪感が強い。
「もう泣くな」
左手はやまとの右手によって床に縫い付けられてしまっているので、自由な左手でヤマトの猫っ毛を撫でる。ポロポロとこぼれ落ちた涙がやまとの頬を伝い、律の頬に落ちてくる。
 何度も何度も繰り返される『ごめんなさい』にその都度、『大丈夫』という言葉を返して宥めてやる。段々と落ち着いてきたのか、それとも泣き疲れたのか、力の抜けていく体を自分の体の上に上手く乗せてやる。
そうやってあやしてやるには随分と大きな子どもだが、まぁ、仕方ないだろう。そうやって感情を出せるということはとても大事なことなのだから。
心地よい睡魔の誘いにもう囁くような大きさの声になってしまったというのに、それでもヤマトは謝り続けている。その頭をそっと自分の胸に押しつけて、心臓の音が聞こえるようにしてやって、律は小さい声で言う。
「夢も見ずにそのまま深く寝ちゃえばいい」
重さの増したヤマトの体に小さくため息をついて、律も欠伸を1つする。どうやら、自分にも眠気がやってきたようだ。近くにある膝掛けを引っ張って、ヤマトと自分にかけるようにする。そしてそのまま眠気に誘われるままに眠りに落ちた。

 目を覚ますと自室の物ではない天井。しかし、それがヤマトの家のものであることくらいは何度も来ている律にはすぐに分かる。そういや、泊まったんだっけと体をおこそうとしたが、胸に乗る何かの重さで起き上がれない。
 胸の辺りに手を伸ばすとそこには猫っ毛の頭。顔を向ければ、嬉しそうな顔のヤマトがいた。何をやっているのかを問えば、昨日のお返しをしていると言う。具体的に何をしているのかを尋ねると良い笑顔で『先輩開発』と答えられた。
 そしてそのまま服の裾から中へと潜り込んでくるヤマトの手に、ため息をつきながら問いかける。
「少しはすっきりしたか?」
「はい」
にこにことそう答えながらもヤマトの手は律の服の中を探っていて。こいつが酔ったせいでこういうことになっているのに、意志を持った手でさえも狙ってくるとは何事か。律は大きくため息をつくと、ヤマトの横腹に容赦なく拳を入れて、床に倒れ込んだのを眺めながら、ゆっくりと起き上がった。


 

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