*逆転メビウス Part.R
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 風呂から上がり、家から持ってきたパジャマに着替えて舞白用にと準備されている部屋に戻れば、机の上には水分補給用の冷たい麦茶が置かれていた。ここへ来るといつも至れり尽くせりでなんだか落ち着かない。
「それでは何かございましたらお声をおかけください」
「はい。ありがとうございます」
深々とお辞儀をして去っていった使用人に礼を言って、その姿が見えなくなってから、舞白は深くため息をついた。
 とりあえず、麦茶を飲んでから、取り出したのはスマートフォン。そして慣れた手つきで、電話をかける。最初に椿、次に千羽陽に電話をして、明日には帰ることを伝え、変わりがないかを聞く。椿は何もないから楽しんでくるようにと、千羽陽は帰りを待ってると言った返事が返ってくる。それに頷きを返して、通話を終える。
 今回持ってきたパジャマはルームウェアタイプのもので、桜の花の模様が描かれた黒いTシャツに、この間、買ったばかりの水色の生地にマリン柄の入った半ズボンだ。特にデザインに凝るというわけではないけれど、好きな模様の服を見つけるとつい目がいってしまう。
 他にもいくつか届いていたメッセージを返してから、スマートフォンを荷物に仕舞う。麦茶のコップは机に戻して、舞白は立ち上がり、部屋を出る。とはいっても、行く先はすぐ隣の部屋なのだけれども。
 部屋のドアを軽くノックして中に声をかける。
「・・・兄さん?」
「どうぞ」
すぐに返事が聞こえたことに安堵しながら、そっと部屋のドアを開ける。すると、正面の机で何やら書類と睨めっこしている九十九が見えた。
「あ、ごめんなさい。忙しい時に来ちゃいましたか?」
「もう少しで終わるから大丈夫だよ」
そう言って九十九が舞白を手招きする。舞白は少し迷った後で、部屋に入り、ドアをきちんと閉めてから九十九の傍へ歩いて行く。ぽんぽんと九十九が自分の隣を叩くので、そこへ座る。いつもフローリングにテーブルと椅子という生活をしているので、畳というのはなんだか落ち着かない。
 九十九の横に座ってみたはいいが、仕事関係のものらしき書類を舞白が見てしまうのはいけない気がして、書類が目に入らないように視線を壁の方へやる。和箪笥の上に置かれている写真立ては、そのほとんどに舞白と九十九が写っている。本当ならば疎まれてもいいくらいなのに、この家の人はみな優しいと舞白は思う。そんなことを考えながら、写真を眺めていると、横から声。
「お待たせ」
そう言って九十九は見終わったらしい書類を手早くまとめ直して机の上に置く。そして、舞白の頭を撫でた。椿も頭を撫でてくれることがあるが、頻度は低く、普段はどちらかといえば千羽陽の頭を撫でることが多いからどこか照れる。
 九十九の手が伸びてきて、そのまま舞白の腰の辺りを持ち上げて、軽々と九十九の膝の上に横抱きにされる。体格差があるので仕方ないことは分かっているが、なんだか悔しい気分になる。
「拗ねてる?」
「そんなことないです」
そう言いながらもやっぱりどこか拗ねたような態度になってしまって何も隠せない。くすくすと笑う九十九にもそれは伝わってしまっているらしい。
 九十九の手が舞白の頭を撫で、顔の輪郭をなぞり、頬や唇を撫でて、鎖骨へ下る。一度、離れた手は、舞白の腰を抱き寄せて固定する。そして、耳元に落とされた問い。
「それで、千羽陽にはどこまで許したのかな?」
「え?」
「あぁ、隠さなくていいよ。全て知ってるから。でもまぁ、事実的な部分は舞白本人の口から聞いておきたいと思うんだ」
これでも兄だからと笑う九十九の瞳はどこか冷めていて、舞白は不安そうに九十九を見返す。その視線に気づいたのか、九十九はふと表情を和らげた。
「そんな顔しないで。別に怒ってるわけじゃないんだ。ただ、舞白は優しいから無理をしていないか、嫌なことを飲み込んでいないか気になるだけなんだよ」
「無理も嫌なこともないです。大好きだから受け入れたかったというだけですよ」
舞白は九十九の表情にほっとしつつ、にこりと笑って言う。千羽陽との一件はどこも後悔していない。まぁ、可愛い弟の初体験が自分なんかで良かったのだろうかと思わなくはないけれども。
「舞白は本当に弟に甘い」
「兄にも甘いと思いますよ?」
苦笑いする九十九に舞白はそう返す。そもそもそうでなければ、とっくのとうに1人で寝るようにしているだろう。しかし、それを提案すれば九十九が悲しそうな寂しそうな顔をすることは目に見えていて。2人で寝ても大丈夫なようにと大きなサイズの布団を買った九十九の思いに答えたいと思ったからこそ今でも続く習慣がある。
 舞白の答えに九十九は目をぱちぱちとさせてから、頷く。
「そういえばそうだった。出遅れたとあっては我慢や自重も必要ないか。・・・舞白、嫌だったら言うようにして」
「九十九兄さんが嫌なことをするとは思いませんけどね」
「煽るのやめようか」
九十九がそう言うと同時に体がふわりと浮く。何時の間にか体勢を変えられていて、気づけば横抱きで布団まで運ばれていた。
 そっと、布団の上に下ろされて、九十九が覆い被さってくる。瞼に、額に、頬に、そして唇に。軽く押されるキスがくすぐったくて、舞白は身を捩る。
「兄さん、くすぐったいです」
そう言いつつ見上げれば、普段の兄としての顔ではなく、優しい笑顔なはずなのに、少し凶暴な、それこそ野生の獣のような光を宿した瞳が自分を見ていて、その鋭さに、ぞくりと何かが背筋を這う。これは恐怖か、それとも歓喜か。
「にい、さん・・・」
「舞白は優しいから。きっと受け入れてしまうだろうけど、決して傷つけたくはないから、嫌なことは教えて欲しい」
「はい」
「それから、1つお願い事があるんだ」
「何ですか・・・?」
「今だけでいいから、敬語をやめて昔みたいに喋って欲しい」
九十九の願いに舞白は目をまん丸に見開く。この敬語は何時の間にか身についてしまったもので。年上には敬語が基本になっているだけなのだが。
「これで、いい・・・?」
違和感に戸惑いながらも問いかける。満足そうに九十九が頷き、緊張で少し浅く早くなっていた呼吸をあっさりと奪われた。
 何度もキスを重ねていけば、当然のことながら慣れていない舞白は酸欠状態になって、頭がぼーっとしていった。その度に不安そうに、お兄ちゃんと九十九の事を呼ぶものだから、九十九は自分の理性を抑えるのに必死だった。
 始めはキス、次に手で触れて、そうして行き着いたのは千羽陽を受け入れたのであろう場所。すぐにでも上書きしたい気分に襲われるが、そこは理性で蓋をして、用意してあったローションを手に取る。
「・・・舞白」
「なぁに?」
理性的な涙が薄い膜を張った瞳はこの世に存在するどの宝石よりも美しくて、思わず見とれるほどだ。そっと目尻にたまった涙を流してやってから告げる。
「・・・後悔はしない?」
「ねぇ、お兄ちゃん。さっき、僕、言ったよ?」
整わない呼吸の中で舞白が微笑む。
「僕が甘いのは、大好きなのはお兄ちゃんもだよって」
ぶつりと理性の糸が切れる音がした。
 舞白は与えられる快楽の波に溺れそうになる意識を必死でつなぎ止めていた。千羽陽の時は、千羽陽の知識不足を補うために恥ずかしい思いをして教えながらだったが、今回は違う。年上で、寂しいが経験も豊富であろう九十九の与える快楽は舞白を着実に駆り立てる。それでいて、優しさもあるから、なんだか自然と涙が溢れてきた。
 その涙を見て辛くないかと少し困った顔で九十九が聞く。舞白は嬉しいのだと伝えたかったが、うまく言葉にならなかったので、涙を流しながらも精一杯の笑みを浮かべた。
 一通りの時間が過ぎて、舞白はぐったりと布団の上に俯せで寝ていた。パジャマは汚れてしまったので、シーツと一緒に洗ってもらわないといけないだろう。いや、洗ってもらうのは恥ずかしいから、そのくらいは自分でやるべきかと、とりとめもない思考が流れていく。
「舞白、・・・大丈夫?」
心配そうに舞白の顔をのぞき込んでくる九十九の顔は完全に兄の顔で。舞白はにこりと微笑み頷いた。


 

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