▼ 猫
心地の良い天気の日だ。俺は自室で壁を背にし、うとうとと気持ちよくうたたねをしていた。
ふと、膝に小さな重みを感じた。
目を開けると、にゃあと愛らしい声を放つ猫が俺の膝の上に座って見つめていた。
猫丸様だ。
猫丸様は豊臣で飼っている猫で、俺と名前が散歩に出掛けた時に拾ってきた子だ。当時はかなり弱っていたが、今では城中で遊び回り、毛並みも立派になった。
「猫丸様ー!猫丸様ー!」
廊下から大きな声が聞こえた。この声は名前だろう。猫丸様を探しているらしい。
駆け回る足音と声に耳を澄ましていると、俺の部屋の襖が勢いよく開けられた。
「吉継、猫丸様知らない?」
「猫丸様ならここだ」
俺が膝に目をやると、名前は同じく目線を膝にやる。にゃあと、探されていたと知らなそうな声を出す猫丸様に、名前は安心した表情を見せた。
「良かったー……ご飯持ってくるって言ったのに、どっか行ってるんだもん」
「駄目だぞ、猫之進。ちゃんと主人の言う事を守らなければ」
「猫丸様だよー」
名前を間違えても、猫丸様はにゃあと返事をする。愛らしいものだ。家臣達に好かれているのも納得出来る。
「名前、猫千代の餌を持っているなら、ここでやっても良いぞ」
「うん。じゃあ、遠慮無く」
少し汚れた器に魚を入れた物を猫丸様の前に出すと、猫丸様は一目散に器に向かって行った。
「美味しい?」
名前が問い掛けると、猫丸様はにゃあと返事をする。その反応に名前は満足そうに笑った。なんとも愛らしい光景だ、独り占めするには勿体ない。三成達にも見せてやりたいくらいだ。
「名前、此方に来い」
首を傾げながらも、躊躇いも無く俺の隣に座る彼女の肩を抱いた。
ぬくもりに安心する。もっと抱きしめていたいが、猫丸様のいる前だ、少し耐えよう。
「どうしたの?」
「いや、こうしていると、まるで夫婦のようだと思ってな」
顔を見ると、これでもかと言うほど顔を赤らめていた。なんて純粋なんだ。やはり、三成と同じで彼女をいじめるのは楽しい。
少し笑うと、顔を赤らめながらも、じとりと俺を睨み付けた。
「からかったでしょ」
「つい、な。許せ」
頭を撫でると、拗ねながらも俺の方に身を委ねた。こういうところが愛しいんだ。
餌を綺麗に完食した猫丸様が、また俺の膝にやってきて膝の上で丸まって眠ってしまった。
「……動けなくなってしまった」
「猫丸様が起きるまで、一緒に居るよ」
「ああ。そうしてくれ」
肩に寄り添う名前に、膝で眠る猫丸様。
あまりにも穏やかな日に、思わず顔が緩んでしまった。
END
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