小説 | ナノ


▼ ぬいぐるみ




小さくドアを開ける音が聞こえた。
いつもは大きな音を経てて開けられるドアの音が聞こえず、彼の言うただいまも聞こえない。珍しい事もあるものだなと、ドアに目をやった。
しかし、それよりも珍しいことに、 彼とは不釣り合いな可愛らしいクマのぬいぐるみと一緒だった。

「……どうしたの、それ」

おかえりの一言も無く、第一声がそれだった。それくらい驚きが隠せないでいる。

「んー……?……まぁ、アレだ。買った」

ダンテはクマのぬいぐるみの頭をぽんっと撫でながら言った。
表情はいつもと変わらないが、口調がなんとなく怪しい。なにか後ろめたい事でもあったのか、それとも気付かれたく無い事でもあったのか……。
頭の中でいろいろ考えていると、ずいっとぬいぐるみを目の前に突き付けられた。

「……何?」
「こういうの好きだろ?」

確かに、こういうのは好きだ。しかも、このぬいぐるみは大きさから見た目まで好みど真ん中。
しかし、ぬいぐるみの好みどころか、こういった物が好きとは言った記憶がまったく無い。

「前に一緒に出掛けた時、眺めてたからな」
「考えを読まないでよ」
「分かりやすいんだ、お前は」

ダンテは軽く微笑みながら、私にぬいぐるみを渡した。それがあまりにも自然にするものだから、此方も躊躇わずに受け取ってしまい、少し戸惑った。

「やるよ」
「え?」
「やるって。名前の為に買ったんだしな」

本当はもう少し準備してから渡す予定だったと言われ、ドアの開け方も、少し怪しげな口調にも納得出来た。

「……気に入らなかったか?」

少し心配しているような顔をしたダンテが此方を見ていた。
そんな顔をされたら、例え気に入らなくても気に入ったと言ってしまうじゃないか。

「嬉しいよ。ありがとう」

そう伝えると、ダンテの表情は明るくなって、しまいには頭をぐしゃぐしゃに撫でられ思いっきり抱きしめられた。

「うわ!ちょっ……何!?」
「抱きしめたくなっただけだ。悪いか?」

今度は優しく撫でられ、乱れた髪を指で解かされた。
ぬいぐるみのふわふわした感触も相まって、かなり心地良い。このお礼は何にしようかと考えながら、少しの間心地良さに身を任せた。




END

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