あれから私は山本家で正式にアルバイトすることになった。お母さんには許可を貰っている。『武君の家なら安心だわ』なんて言っていたし。弟達も連れて来ていいとおじさんが言っていたので、安心して頑張れる気がした。だから私は頑張ると決めた。
今日も武の家に向かい、仕事をする。私の仕事は皿洗いと掃除が殆どで、たった今お店の玄関の掃除を終え店内に入ると、難しい顔をしたおじさんの姿が。
「おじさん、どうかしましたか?」
「あぁ。それがよぉ、武のヤツ弁当忘れて部活に行ったみてぇ」
「えぇ!?大丈夫なんですか?」
「俺が折角作ったっていうのに…全く」
「私、届けてきますよ!」
「悪いな由香里ちゃん。頼んだよ」
「はい!行ってきます!」
お弁当を受け取り、外へ出て、自転車に跨る。時間を見るとお昼時まであと30分程。私は急いでペダルを漕いで並盛中学校へ向かった。
***
――とりあえず到着した。校庭から野球ボールを打つ音がよく聞こえる。お昼休憩までになんとか間に合ったのは良かったが…気まずくて校庭に入れない。練習の邪魔になってはいけないだろうし、お昼休憩になるまで此処で待っていようか。でも此処からだと、野球部の様子はちょっと見難い。どうしょうかと悩んでいると、向こうから人が来るのが見えた。チャンスだ!聞いてみよう。
「あ、あのっ!」
「…はい?」
わぁ、野球部のマネージャーの子だ…。美人で有名だがクラスが違うから話したことは無いし、こうやって間近で会うのは初めてかも。
「えっと、たけ…山本くんはいますか?届けたいものがあって来たんですけど」
「山本くん?もうじき休憩に入ると思うから待ってて貰えるかな?…そうだ。こっち来て待ってていいよ」
「あ、ありがとう」
許可を貰って校庭の方へ案内してくれた。今まで窓から見ていた練習風景が目の前に広がっている。…あれ?バッターボックスに立っているのは、武かな。
あ、打った。流石だなー、武はやっぱり凄いや。
「よし、休憩ー!!」
休憩の号令で、部員達はそれぞれ休憩に入る。その中にいた武が私に気付いたらしく、少し驚いたような顔でこっちに来た。
「由香里!?何で此処にいるんだよ!?」
「お弁当、忘れてたでしょ」
「あ…」
武の前でお弁当を出すと、目を丸くして私を見ている。
「すっかり忘れてたのな…」
「おじさん呆れてたよ。“俺が折角作ったっていうのに・・・”って」
「やべっ、後で親父に怒られるだろうな…。サンキュ、由香里。」
「う、うん…」
何で?何でこんなに胸がドキドキするの…。此処最近ずっとこんなんだ。私、病気なのかな。ただ“ありがとう”って普通に言われただけなのに―――
「山本ー。高島さんとおアツいとこ悪ぃけど、はやくメシ食わねぇと休憩無くなるぜー?」
他の野球部の人の声で我に返ってそちらを振り返ると、ニヤニヤしながら見られていた。
「ごっ、ごめんね!じじじ、じゃあ行くね。練習頑張って!」
「あっ、ちょ…!」
慌てて武に背を向けて走り去る。真っ赤になっているだろう顔を見られたく無かったから。