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新入生を待つ校舎はまだ人の気配がなくて、普段とは比べ物にならないほど静かだった。
生徒達のざわめきも、部活の掛け声も、楽器の音も、何も聞こえてこない。ただ、ペタペタと廊下を歩く音だけが響いていく。

一通りの説明を終えて、体育館で使わなかった備品の片付けをしてくれている後輩には見回り、なんて言ってきたけれど目的地はひとつに決まっていた。
メモに書かれていた名前だって、一番に見つけた。
そこに行けば何かあるとか、そういうことでもなかったけれど、姿を見るだけでもいいから、と自分に言い聞かせて目的の場所へと向かう。


目的地である下駄箱に着いてきょろきょろすれば、扉に寄りかかるようにして空を見上げている岩泉君がいた。
他の人もいるかと思っていたけれど、一人みたいだ。
何か考えているのか、それともただぼーっとしているだけなのか、関わることが決して多くなかった私では判断ができないけれど、それでも、こうやって姿を探して、見つけて、色んな表情の彼を知るたびにどんどん惹かれていった。

バレー部の仲間と同じクラスだった奴…、生徒会副会長の…、つい最近までその程度でしか知られていなかったことは十分にわかっているけれど、昨日よりももっともっと近づきたいって、そう思ってしまう。

「あの、すみません…。」
「は?」
「そんな怖い顔じゃ、新入生が声かけられないので、笑ってもらっていいですか。」
他人行儀に話し掛けてみれば、思いのほかびっくりした様子の岩泉君を見ることができた。
「んだよ、びっくりすんだろ。ってか、笑えってなんだ、そういうのは及川達の担当だろーが。」
もう誰か来たのかと思った、と言葉を続ける岩泉君。声を掛けたのが私だとわかると、すぐにいつもの態度に戻って話をしてくれる。
「ごめんごめん、岩泉君一人なの?」
「他の奴らはまだ時間あっからって、ちょっと外してる。」

そっか、なんて答えて会話が途切れる。




ーコイツ、ウザイしめんどくせーから、殴るか無視でいいからな。




そう言われた時に添えられた笑顔に見惚れてしまってから、季節は何度も巡っていた。
全く進歩のない私に呆れた皆から、若干の協力を得て彼に想いを告げることになり、そしてそれを受け入れてもらえた瞬間、思わず嘘だなんて言って、彼を困らせてしまったことは記憶に新しい。

昨日連絡した時は、手伝いはめんどーだけど、会えるから楽しみなんて言ってくれていたはずなのに、今まで二人きりで話をしたことなんて、ほとんどなかったという事実に気付き焦りが生まれる。


すっかり慣れた生徒会の仕事にも、いつもよりかなり身だしなみに気合を入れたのだって、全部全部、彼がいるからなのに。


焦りと緊張は沈黙という形で現れる。
耐え切れなくなって視線を外せば、彼の胸元で視線が止まった。

「岩泉先輩、後輩に示しがつかないので今日くらいネクタイちゃんと締めてもらっていいですか。」
なんとかこの状況を打破する為にふざけて先輩呼びをすれば、私の指摘に岩泉君はネクタイを掴み、それを確認してから私をじっと見てくる。


今まではこんな至近距離で見たことなかったけれど、大きな手だな、ってただ素直にそう思った。


「そうか、今日はなんだかいつもと雰囲気違うと思ったら、ちゃんとリボン結んでっからか。」
「え?」
「あ、いや、いつもそんなキチッとしてねーだろ、みょうじ先輩?」

さっきのお返し、とばかりに岩泉君はニカッと笑って私を先輩呼びした。

岩泉君が言うように、私はいつも第一ボタンを開けているしリボンもかなりゆるく結んでいる。
全校生徒の模範となるべき生徒会役員が、と会長様に言われることもあるけれど、その会長様が一番の問題児だということを青城に通う2、3年生なら誰でも知っている。
まぁ、今日は式典だし、生徒手帳の規定通りの服装をしているのだけれど…。

「あーなんだ、別に変な意味で言ったわけじゃ…。」
私が何も言わないことに気まずさを感じたのか、岩泉君は少し困ったように視線をそらして言葉を続ける。
「いつもと違うって感じたのは、だな…。」
「岩泉君?」
もごもごしている岩泉君の名前を呼べば、くそ…と更に視線をそらされる。


今朝、集合場所に行った時もバレー部のみんなはすぐに挨拶をしてくれたけれど、岩泉君は少し離れた場所にいたからか、それすらできずに会場設営やら準備が始まってしまった。
何か岩泉君の気に障ることでもあったのかな…。


「とりあえず、俺ネクタイ結ぶの苦手だから結んでくんね?」
「え、あ、うん…。」
変に曲がっていたネクタイを緩めて、結び直してくれという岩泉君にそっと手を伸ばす。
反射的に返事をしてしまい、自分で了承しておいてなんだけど、これ、ちょっと距離が近い…。それを実感した途端、周りの気温が上がった気がした。いや、私の体温が急上昇しただけなんだろうけれど。


「入学式の日、先輩だと思って俺と及川に声掛けてきた奴がいたなって、思い出してたんだよ。」
「すみません、私です、それ。」
保護者用の案内に沿って歩いてしまった私は、入学式当日教室にたどり着けずに体育館の近くで困り果てていた。で、そこに現れたのが岩泉君と及川君。同じ制服を着ていたけれど、二人のことを同級生だとは思えなかった。

「先輩に見えたんだって。大きかったし、もう学校に馴染んでたから…。」
「春休みから練習参加させてもらってたしな。」
「その節は大変お世話になりました。っし、できたよ。」
トン、と出来上がったネクタイの上から彼の胸の辺りを軽く押してみる。
「おーありがとな。」
「どういたしまして。」
そう言うことが精一杯だ。相変わらず緊張で顔は上げられなくて、足元をじっと見つめることしかできない。

本当はもっと色んな話がしたい、会いたい、もっと近くに…そういう想いが募ってあふれてしまいそうだ。変わったばかりの関係に戸惑っているのは私だけのような気がして、不安にもなる。
私にとって岩泉君はずっと特別、だけど、岩泉君にとって私は…。

「私、他のとこも回らないとだからもう行くね。」
本当はまだ時間はあるし、聞きたいことだってあった。
それが私の口から紡がれることはなくて、沈黙に耐え切れずにその場を離れることを選択した。


でもそれは、岩泉君によって止められる。


ついさっきまで伸ばしていた手を掴まれたと思ったら、そのまま引かれてバランスを崩した私は突然のことに対処しきれずそのまま岩泉君の方に倒れこんでしまった。
「ごめっ…って、岩泉君!?」
受け止めてくれたのは他の誰でもない岩泉君で、慌てて距離をとろうとしたのだけれど、背中に腕を回されて身動きが取れなくなってしまった。
未だかつてないほどの距離感に平常心なんてどこかにいってしまって、ただ慌てふためき戸惑う。
何より、無言のままの岩泉君が私を更に混乱させていた。

「なぁ、みょうじ ってあの会長様とどういう関係?」
「え!?はっ…えぇ!?」
思わず大きな声を上げていた。と同時に、さっきまでの自分が嘘みたいに顔を上げた先には、眉間に皺を寄せて不機嫌そうな岩泉君がいた。
「いや、今日最初の集合場所で話してるの見た時に、部の奴らが噂してたっつーかなんつーか…。」

言葉を濁した岩泉君に、考えたくもない考えが浮かんだ。


「もしかして、生徒会の会長と副会長って実は付き合ってるらしいよ、って噂?」
「みょうじ ?」
ハッとした岩泉君が見えたけれど、とにかく否定したくて言葉をつなげた。

「1年の時から一緒に生徒会入ったのって私と会長だけだからそれなりに仲良いとは思うけどものっすごい世話焼いて振り回されてばっかなのにどうして付き合ってるように見えるのかほんとわけわかんない!」

「あー…ん、そうか…。」
時より言われるこの話。後輩にもよく突っ込まれるし、あの問題児の会長も悪乗りするからいけないんだろうけれど、よりにもよって岩泉君にまでそう思われていたなんて…。


「第一、岩泉君がいるのに、なんでそんなこと言われなきゃいけないの。」
溢れそうになっていた気持ちがしぼんでいく。こんな風に言われるなんて、もしかしたら、とか、悪い方向にどんどんと考えが動いていく。

告白してそれを受け入れてもらえたのだって、実は夢だったんじゃないかって思ってしまうのに…。
なんだかさびしいとかそういうの通り越して、悲しくなってきた。



「っと、待て!!」
見上げていた岩泉君の眉間の皺が無くなって、強い意思を宿した瞳が大きく見開かれる。

あれ、どうして、目の前にいるはずの岩泉君がどんどん歪んでいくんだろう、と考えた瞬間には、頬を何かが伝っていた。
まずい、こんなはずじゃなかったのに、なんて距離を取ろうとしても、もう遅い。
こんな日に、泣いてしまうなんて。


面倒だって思われたかな、もう、呆れられたかな、どう考えても良い方向にはいかなくて目の前にいる岩泉君はやっぱり歪んでよく見えない。
ごめん、とそう言って離れようとしたら、背中に回っていた腕に強い力が込められて距離がなくなった。


先ほど結び直したネクタイとシャツを隔てていても岩泉君の体温を近くに感じた。そして何より、その鼓動が、私と同じくらい早いことも。
そのあたたかさに抱き寄せられたのだと理解していく。

「お前、ほんと今日なんなんだよ…。」
岩泉君は、ハァ、と私の耳元のすぐ側で一つ大きく息をしてから言葉を続ける。

「朝からニッコニコしながら会長様と話してるし、近すぎるし、俺らに指示出してる姿もいつもとちげーし、制服の着方が違うのはさっきわかったけど、髪型もなんか違うし、どんどんかわ…、大人っぽくなってるっつーか、今朝だけでいつもと違う姿見せられて、俺はお前のこと何も知らなかったんだなと思ってやべぇなとか考えてたら突然現れるし、俺とも及川達とも同じクラスでもねーしどうやって接点持ちゃいーんだよとか思ってたけど、もーいいよな。」


込められていた力がわずかにゆるんで、先ほどみた大きな手が私の頬に触れる。
スッとあご先を持ち上げて強制的に視線を合わせられれば、真剣な瞳がそこにある。

試合の時に見せるような、強くてまっすぐなそれ。

「まだ、きっと知らねー部分があるってわかってる。けど、そういうのも知っていきたいと思ってるし、これから先、今よりもっと一緒に過ごせたらいい、って思ってる。だから、その、つまり…。」

触れている手から指が伸びてそっと唇を指がなぞる。
そして、一旦言葉を切った岩泉君が再び口を開こうとしたその瞬間ーーー。



「は〜い、残念時間切れ〜!そろそろ新入生が来る時間帯に入るから、各自持ち場についてくださーい!」
聞こえてきたのは、会長様の声で。その声に振り返れば、他にも数名のバレー部メンバーと生徒会メンバーがいた。
「テッ…ンメェ!!」
見られていた、という恥ずかしさを感じるよりも早く岩泉君の大声がその場に、というよりも青城の敷地内に響き渡る。
飄々と逃げ回る会長様と拳を握り締めたまま追いかける岩泉君、そして続々と集まってくる案内係のメンバー達。


「みょうじ 副会長様、お願いします。」
って言われて、触れられた唇にそっと自分の指先をあててから岩泉君のシャツに手を伸ばした。

いつもだったら問題児の会長様を止めるのだけれど、そうじゃなかったことに生徒会メンバーは驚いているようでもあった。

「岩泉君、今日は案内済んだら帰れるから、よかったらその、一緒に帰りませんか?」
「お、おう。」
ピタリと動きを止めた岩泉君がぶっきらぼうに、だけど肯定の返事をしてくれたことが嬉しくて仕方がなかった。
中学の後輩が入学してくるから、そいつらと会ってからになるけど、いいか、なんて言った岩泉君にもちろんです、と返事をする。

初めて言葉を交わしたあの日のように何故か敬語になってしまうのは、新しい関係が始まったばかりだから。
でも、あの日と違っていることはたくさんあって…。

「私は受付のとこに行くね。あ、岩泉君は案内でも笑わなくていいからね。」

皆と笑い合う姿も、私だけに見せてくれるあの柔らかな笑顔も、まだ、新入生には知られたくない。
けど、きっと部活紹介とか、通常の学校生活ぎ始まったらきっと誰かが彼の笑顔に、彼自身に惹きつけられてしまうから、だから今はまだ…。

「笑えって言ったのどこのどいつだ、ボケェ…。」
そんなこと言ったかな、と笑って誤魔化せば大きな手が目の前に現れて軽く額をはじいた。
「帰り、楽しみにしてる。それと、みょうじ も誰にでもへらへらすんな。及川みてーになるぞ。」
軽い痛みに目を閉じて、開いた先には今まで見たこともない優しい笑顔。

触れられた場所が、いつまでたっても熱いだなんて、岩泉君以外になんて感じない。
私が岩泉君の知らない一面を知って惹かれていくように、彼も私の知らなかった部分を知って何かを感じてくれたのならばうれしいと、そう思う。



次に春が巡ってきたら、きっと私達はそれぞれの大きな岐路に立たされているはずだ。
けれど、限られた時間であったとしても、何度だってあなたと一緒に通い慣れた道を歩いていたい。
何度だって、あなたの姿を探して、見つけて、振り返って笑い合っていたい。


そして、どうかこれからも、もっとたくさんの始まりをあなたと迎えられますように―――









去って行く彼女の後ろ姿を見送って、さらに悔しそうな表情を浮かべた会長様にニヤリと笑って、自分の担当場所で待機する。

帰り道、彼女に入学式の思い出として先ほどの話の続きでもしようか、と考えながら再び空を見上げた。


“あの、すみません。新入生はどこに集まれば良いんでしょうか…。実は、迷ってしまって…。”


伏せ目がちで告げられたその言葉に、姿に、目を奪われただなんて。そしてあの日からずっと目で追っていただなんて、そう告げたら、あいつはどんな顔をするんだろうか…。

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岩泉一の場合
michi様