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天気は快晴。初々しい新入生たちは、二年前の自分をみているようでなんだかちょっと愛らしい。暖かな日差しと少し散ってしまった桜の花びら。高校生になって三度目の春がやってきた。




「では、今から新入生の皆さんにはこちらの花飾りをつけていただきます。順番にお渡ししますので押し合わずに並「あの、先輩お花ください!」「あ、私にも!」「私もください!」……並んでくださいネー…」


わたしの話なんて聞き流して、及川の元へ駆ける新入生たちが代わる代わる視界の端を横切っていった。うわぶつかった痛い。できるかぎり爽やかな笑みを浮かべていたかったけど、もうだめだ限界。ノリで生徒会なんて入るもんじゃないな、と頭を掻きながら後悔した。そもそもこういう役割が向いてないんだよな、わたしは。嘆息がひとつ漏れたとき、黄色い声の中で聞き慣れた声がした。


「はいはーい、じゅんばんこねー。はい、入学おめでとう」


最早花の奪い合い、いやむしろ戦場?になっているその場所で、頭ひとつ飛び抜けたその男は群がる女子たちをものともせず、満更でもなさそうに笑っていた。


「あ。……イェイ」
「………」


わたしの視線に気付いたらしい及川は、余裕ぶってウィンクなんてして。…ああ、岩泉の気持ちがよくわかる、これは蹴り倒したい顔だ。


「…そのまま埋もれて窒息してしまえ」


なんて聞こえているはずもないので、親指を立てて首を掻き切る動作をすれば、え!?とでも言いたそうな顔がみえたような気がするが、すぐに女の子たちでみえなくなった。やれやれ、とまた息を吐くと、誰かに肩を叩かれて振り返る。


「みょうじさんこんちは!」
「ああ、矢巾くん。こんにちは。二年は体育館の準備とか裏方じゃなかった?」
「女の子いっぱいいるのみえたんで来ちゃいました。あとついでに及川さんにも挨拶しとこうかなーと」
「(…部長に挨拶がついでなのね。)彼女ちゃんにぶん殴られても知らないよ」
「バレなければそれで良しっす!…いやぁしっかし、及川さんのまわりすごいことになってますね」


矢巾くんはもみくちゃになっている及川を遠目にみながら苦笑すると、嫌じゃないんですか、と問うてきた。


「嫌?」
「嫌っていうか、なんかやきもちとか」
「ないね」
「あはは、即答ですか。なにも思いません?」
「なにか思うところがあるとすれば哀れみだからね。矢巾くんだってあれみて羨ましいと思わないでしょ」
「まあ、はい…男として一回くらいは体験してみたいですけど。…あ、ていうかみょうじさんも花!持ってるじゃないですか!」


そう言われて自分の役割を思い出した。手にある箱には未だ減らないたくさんの花飾りたち。そうだった、これを早くどうにかしないとわたしの仕事は終わらないんだった。


「いつものことなのに呆気にとられて忘れてた、わたしも配らなきゃ」
「男にもつけたりするんですか?」
「そりゃあ新入生全員分だし。女の子はみんな及川の方行ってるから、とりあえずこれは男子用になるかもね」
「…俺も今年入学したかった…みょうじさんに花つけられたいです…」
「馬鹿だねえ。ほら、女の子口説くなり仕事に戻るなりしなよ。わたしもこれ渡してくるし」
「了解です。さてさて、かわいい子いるかなー」


そう言って及川を囲む女の子たちの集団に向かう矢巾くんを見送る。できれば体育館に戻ってほしかったけど、まあそれはわたしがどうこう言うほどのことでもないのでほっておこう。及川もしばらく女の子たちの相手で忙しいだろうし、わたしはさっさと自分の分を配って一休み一休み。


「…そこの人。花飾り、まだもらってなかったらつけますよ」


ぼーっと人混みを眺めていた背の高い男の子に声をかけると、眠たそうな瞳がぱちぱちと瞬いて、あ、はい、とふわっとした返事をした。


「じゃあちょっと失礼して。…背、高いね。運動部かな」
「はあ。一応バレー部にと思ってますけど」
「ああ、そうなの」


返答もふわふわしてんな、と顔を見上げてみるも、その目線はさっきから人混みの方を気にしてばかり。知り合いでもいるのかな、なんてぼんやり考えていたらあっという間に胸に収まる花飾り。


「はい、できました。入学おめでとう」
「どうも…それじゃ」


彼はずっと気怠げな表情だったのに、心なしか少し焦ったような顔で人混みの方へ歩いていく。及川から花飾りをもらいたい子たちの輪の中から出てきた女の子に声をかけて、そのまま二人は教室に向かったのかみえなくなった。なるほど、彼女ちゃんだったのか。そりゃあ気にもなるよね。いいなあ若いなあ、青春だねぇ。


「…あ、君。新入生だよね、花飾りつけますよ」


おばちゃんみたいなことを考えて心の中でにやにやしながら、まだ花飾りをつけていない子に声をかけていく。たまたま目に入ったのは面白い髪型の背が高い男の子。むしろそういう風貌だから目についたのかもしれないけど。


「あ、はい。お願いします」
「はーい。何部に入るかもう決めた?」
「はい、バレー部に!」
「君もバレー部志望なんだ」
「え?」
「さっき声かけた子がそうだったから」
「ああ、そうなんですか。実は中学の先輩がいて…あそこにいる主将の及川さんとか」
「へえ。主将があれだと後輩は苦労しそうだね」
「及川さんは選手としてはすごい人ですから!あと岩泉さんも!!」


きっとこの子は岩泉の方が好きなんだろうな、無意識だと思うけど。選手としては、という一言は及川のために聞かなかったことにしておこう。矢巾くんといい、うちの男子バレー部は面白いメンツが多いなぁ、なんて考えているうちに真っ白なブレザーを飾る花が目に映る。…あと一年、経ったら。頭に浮かんだ言葉を振り払うように口角をあげた。


「はい、入学おめでとう」
「ありがとうございます」
「それじゃ、部活頑張って。ついでに及川のこともよろしくね」
「? はい!」


小首を傾げながらそう返す彼を横目に、まだまだ底がみえそうにない花飾りをみてはまた吐息を漏らした。やれやれ、これはちゃんと時間内に終わるのかね。


「勇太郎、鼻の下伸びてるよ!」
「何言ってんだよお前は!」


そんな声に振り向くと、さっきの面白い彼とかわいらしい女の子が親しげに話しているのがみえた。あの子も彼女なのかな。かわいいなあ、微笑ましいや。女の子と目が合って笑いかけると、彼女は軽く頭を下げて、そのうち二人は人混みの中にみえなくなった。


「…さて、続き続き」


穏やかな気持ちには一度区切りをつけて、与えられた仕事を終わらせるために仕方なく奔走した。




「あー、死ぬかと思ったよ…」


教室から誰もいない校庭を眺めていると、そんな声と共に及川がやってきた。もうじき入学式も終わる。式が終われば片付け。片付けが終わったら生徒会主催、新入生向けのレクリエーションの会議。到底帰れそうにないけれど、なんとか花飾りは配り終わって、ひとまず自由時間ということで行き場もなく校内をうろついていたら、教室に辿り着いていた。及川の場合は…大方女の子か岩泉から逃げてきただけだろうけど。


「妬いた?」
「うん」
「え!?」
「嘘。これっぽっちも妬いてない」
「心臓に悪いよ…そんな冗談言うのらしくないんじゃない。どうしたの」


澄みきった青空。清々しい空気と時々風に吹かれて飛んでいく桜の花びら。二年前の入学式も、こんな気持ちのいい日だったことを思い出す。


「…次の春にはもう、この景色もみられないんだと思って」


あと一年経ったら、そしたらもう、卒業。そんな感傷的なことを考えるなんて本当にわたしらしくないけど。春だもの、ほんの少しだけ、そんな気分に浸ってみたくもなる。


「なに、寂しいの?」
「…そう、なのかな」
「関係ないよ。卒業とかそんなの」


何時の間にか隣にいた及川がそう否定した。開いた窓から風が吹き込んでカーテンを揺らす。横顔をみつめたら、目が合って、送られた微笑みになんとなく目を逸らした。女子の群れの中心にいた時とは違う顔だ。この表情は、ちょっぴり苦手。見慣れなくて、直視できないから。自分でそう思うことすら恥ずかしいけど、多分これがわたしの前でしかみせない顔だとわかるから。


「まだ俺たちの高校三年目は始まったばっかりだよ」
「…うん」
「俺は今からすっごく楽しみ、みょうじもいるし。でしょ?」
「はいはい」
「返しが雑だってば」


新入生の声がどこかから聞こえてきた。入学式は無事に終わったみたいだ。今日出会ったあの子もあの子も、期待と、ほんのちょっとの緊張が混ざった笑顔が純粋で微笑ましくて、ちょっと羨ましかった。あと一年、じゃなくて、もう一年ある。まだ、始まったばっかり。なんだ、そうだったのか。そう考えればこの景色だって、素直に綺麗だと受け入れられるものだったんだ。そう思ったら自然と笑っていた。


「…あ、式が終わったならもう行かなきゃ。片付け片付け」


短い逃避行でもしたような感覚から現実に戻される。どこかすっきりとしたわたしとは裏腹に、片付けに行くのを渋る及川。それを横目に、窓を閉めて鍵をかける。


「じゃあわたし、もう行くから」
「はいはーい、がんばってねー」
「…ありがとね、及川」
「うん?よくわかんないけど、お礼はちゅーのみ受け付けてまーす」


なんてね、と笑う及川の服を引っ張って背伸びをしたら、わたしのと同じ高さまで唇がおりてきた。重ねて、離して、見上げた及川のマヌケ面がなんとも愉快で思わず噴き出す。


「なに照れてんの。自分でしろって言ったくせに」
「こんなところで本当にするなんて思わないじゃんか!外からみえるかもしれないのにさ!!」
「うんうんそうだね」
「だから返事が雑!あと撫でないでムカつく!」


悔しそうな及川の頭をあやすように撫でると、ますます顔をしかめた。さっきまでの余裕ぶった表情が嘘みたいだ。


「早く行きなよもう…俺はサボります」
「そう。じゃ、気をつけて帰って」
「え?」
「え?」


教室のドアに向かいながらそう手をあげると、及川の声に振り返る。心底不思議そうに首を傾けながら、わたしをみつめる瞳。


「だって、一緒に帰るよね?」
「…まだしばらく帰れないし」
「待つよ、いくらでも」
「岩泉にみつかるんじゃない、サボってんじゃねえぞボケーって」
「そうなったら全力で逃げる」
「あはは。じゃあ、本当にもう行くから」
「終わったら電話して。迎えに行く」
「はいはい」


澄まし顔で教室を後にしたわたしは、静かな廊下を一人歩く。ぴた、と足を止めて、教室の方へ振り向く。嬉しい、って、ありがとう、って言った方がよかったかも。ああでも、やっぱりちょっと恥ずかしい。今日はだめだ、諦めよう。


「…まだ始まったばっかり、だしね」


これから伝える機会は何度でもあるはずだから。再び歩き出した足取りはとても軽かった。このくすぐったいような淡い感情を、ほんの少しだけ知らせてみたら、あいつはどんな顔をするだろう。ひと気のある場所に出るまでずっと、わたしの口元はゆるんだままだった。

高校生になって、三度目の春がやってきた。まっさらなこの季節が、きっともっと好きになる予感がした。


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及川徹の場合
芹沢様